BASARAの石田を幸せにし隊。

戦国BASARA3の石田三成をひたすらに応援するこっそり避難ブログ

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金ヶ崎睡夢戦 羽根 【下巻】

『金ヶ崎睡夢戦』三成サイド後編です。
月と太陽が見て一瞬交わった夢、これにて了。




それから大坂城へ帰還した後、家康が三成の近くへ来ることは、無かった。
ただでさえ町のように広大な大坂城であれば、二、三日、顔を見ないことさえ当たり前となり、ふいに回廊ですれ違うことがあっても、二人ともまるで余所者同士のように、何の感情も顔に表さず――すれ違うだけだった。
そして、二人はそれをお互いに、言葉に出さずともお互いで納得しているのだと。
その気持ちが、なによりも三成の心を痛めつけた。
ああ、家康。
結局お前は、何も云わなくても私のことを分かっているのか、と。



そんな日々、食事がまた、ろくに喉を通らなくなった。
はて、奥州の騒動もとりあえずは収まり、傷が癒えればまた中国と九州をせっつかねばならぬ、と考えていた矢先。
大谷が「休め」と一言、命令の如く云ってきたのだ。
「馬鹿な」と答えれば、「主は今、己が真っ直ぐ歩けていると思うておるか」と訊いてくる。三成が「は?」と間の抜けた返事をすれば、大谷刑部は大きく溜息を吐き、呆れたように数珠を投げつけてきた。それはぱしゃり、という音を立てて三成の胸を打って。
「こんなものも避けられんとは」
其の言葉に、三成はようやく自分が真っ直ぐ歩けないくらいに弱っていることに気付き。
太閤秀吉御自らの沙汰で、三成は休養を取らされることとなった。



ぼんやりと、庭を歩く。
夜の庭。半月の白。
酷く明るい金の星。
自分の庭に閉じ籠もり、もう何日が経つだろう。
微かにりんりんと羽根を擦る虫の音が聴こえ、夏が終わることを告げていた。
百合が終わるな、と想いながら、次は金木犀がいい、とふらふら歩く。
だが、まだ咲いていない。
ふいにあのきついくらいの芳香を想い出し、想い出せることを知り、その木の下であの人が「これはね、お酒に漬けると美味しいんだよ」と笑っていたことを想い出す。
あの、不思議な紫苑の色合いの二重の美しい双眸。
その人はもう此処には居ないことを想い知り、三成は堪らず薄い羽織で覆われた肩を自分の手で爪が食い込むまで抱き締め、しゃがみ込んだ。
「……ッッ……」
あの夜は。こんな綺麗に晴れていなかったから。

きっと、お前は来てくれない。

そう口走った自分に、はっとなる。
そうか。この期に及んで。私はまだ待っている?もしかしたら、あの夜のように。ひび割れそうなこの心を、手を、腕を、背中を。抱いてさすってくれるかも、と想っている。
「…馬鹿な…」
三成が、自分でも哀しいくらいに呟いた時。
其の影は可笑しなくらい、想像通りに現れた。
月下に伸びる、自分よりもずっと肉付きのよい影。
後ろからどうしようかと躊躇いながらも、どうせ自分の肩を抱いてくれるであろう、待ち望んだ彼の人に。
「嗚呼」
三成は静かに瞳をきつく閉じて、唇を噛み締めた。

赦せ、左近。

と、心の中で呟きながら。
「――三成」
本当にか細い声音で、家康はしゃがみ込んだままの三成の背中に、そっと手をかけた。
「…大丈夫か?」
その温もりに眩暈を覚えながら、三成がかむりを横にふるふる振って、少し震えた。
「…手を」
三成の返事に家康はふ、と緊張をほどき、三成の背中に当てた手を肩へと滑らせた。その厚い手の指先を両手で握り締め、三成は深く息を吐く。
「…よくまあ、入り込めたもの」
次に云われた言葉に、家康が困ったように視線を泳がせる。
「ん、まあ、無理かもなーって、思ったんだが。皆、次の中国平定の軍議で忙しいみたいでな。意外とうまくいった」
「貴様という奴は…」
はあ、と溜息を吐きながらも、三成は家康の大きな厚い男らしい手に泣き出しそうなくらい安堵している自分に気付き、途方に暮れた。
どうすればいい?
固まったまま動けないで居る自分に根気よく付き合ってくれる、その優しさが痛いのだ。
やがて少しの躊躇いの後、家康はそっと三成を後ろから抱き締めたので、三成は「あ」とその重みに耐え切れず庭の砂利の上に倒れこんだ。
「すっ…すまん!」
慌てて家康がまた痩せてしまった身体を、壊れ物のように大切に抱き上げる。
「待て、立たせろ」
よろり、と家康の腕に掴まりながら柳のように立ち上がった三成は、「このほうが楽なんだ」と呟いた。
そんな様子をまるで自分が傷つけられたような顔で見詰めていた家康は――絞るような声音で、囁いた。
「無理をするな」
そっと。
月に照らされて紫に光る三成の銀髪を、頬に添って掻き揚げる。
「お前独りですべて抱え込むな」
そのまま添えられた厚い掌に、微かな熱が込もる。
睨みつける。
月色に染まった限りなく女郎花の黄に近い瞳で、山吹色の瞳を睨みつける。でも、大きな吊り目に溜まった涙でそれこそ鏡のようで。きり、と吊りあがった黒鳶色の眉はそのままでも、瞳に映る揺らぐ影を隠すことなど、もう出来るはずもなく。
ぽろぽろと落とされた涙に、白い頬と、それを掬うように包み込む男らしい厚い指が濡れる。
「貴様は」
聞き取れるか否か程の微かな叫びで、三成は家康の瞳を睨みつけながら。
「いつも私の心を簡単に突き崩す」
三成が瞳を閉じて、一気に溢れ落ちた涙の筋を合図に、二人はどちらともなく強く惹き合い抱き合った。
彼の人の太く男らしい腕に掻き抱かれながら、三成は泣いた。肩を震わせ、喉を引き攣らせながら。
「私ッ…は…無力だッ…!!」
とてもじょうずに歩けない。
与えられた問いに上手く答えられない子供のように。三成は、家康の腕の中で藻掻くように、泣き叫んだ。
「そんなことはない、そんなことあるものか、三成」
微かに涙を滲ませながら、家康もまた、必死にその小さな頭を、柔らかな銀糸を、薄い身体を抱き締め、さすった。
どうしてもっと早くこうしてやらなかったのだろう、どうしてもっと早く、と心の中で繰り返しながら。
「お前はよくやっている、自分を責めるな」
「出来ていない!!」
どんっ、と家康の胸を力任せに叩きながら、三成は嗚呼、と叫んだ。
「どうして、半兵衛様の様に出来ない…ッ!?私は…家臣までをも傷つけてッッ…!!」
「竹中軍師のように?当たり前だろう、三成」
「なんだと!?」
困ったように微笑みながら、家康が三成の頬を宥めるように撫でながらその瞳を覗き込む。
「竹中殿は戦国随一の聡明な軍師であらせられた。そのような御方に、未だ若造呼ばわりされるお前が追いつけたら、儂の立場は益々無いな」
家康の言葉に―― 一瞬、三成の涙が止まり、そして再び俯く頬に、新しい筋が幾つも出来た。
その銀の髪にくちづけられながら、三成が途方に暮れて訊ねる。
「…だが、私は成さねばならない…一日も早く半兵衛様のように秀吉様のお役に」
「でもな、このままでは其の前に竹中殿のところへ逝きかねんぞ、お前は」
だから、ちゃんと飯は食え。
寝ろ。休め。お前は充分過ぎるくらい、豊臣の為に尽くしている。尽くせている。
心から望んでいた言葉を、この男は呆れるくらい簡単に与えてくれる。
それが、痛くて切なくて、嬉しくて。
「…半兵衛様にもう一度逢えるなら、それもいいかもな」
思わず天邪鬼に心ならずにくっく、と乾いた笑いを浮かべてみれば、家康は今度は両手で三成の細面をしっかと包み込み、真っ直ぐに眼を覗き込んできた。
「――三成」
擦れた、低い声音に耳が疼く。
「儂は此処に居る」
ぎゅ、と。頬を挟まれる、熱が伝わる。
「お前が許してくれるなら、ずっと。たとえ、天を敵に回しても。お前の傍に」
その言葉に、三成が微笑んだ。
自分でも驚くくらい、素直に湧き出た淡い笑みは。
家康の心の歯止めを簡単に突き崩したようで、そのまま引き寄せられて唇を奪われれば、冷えた身体でも胸が熱く、空いた白く長い指は家康の太い首を這ってなぞって引き寄せた。
やっと感じられた切望した熱に、頭の芯も胸の奥も、哀しいくらいに火照ってしまう。
どうして。何故。よりによって。君でなくてはダメなんだろう。
「…ん」
けれど、だんだん熱の篭る家康の接吻は痩せ細ってしまった自分のことなどお構いなしに、口の奥まで攻め立てるので。
「…て、」
思わずのけぞり倒れそうになり、三成はぎゅ、とその頬を押し返した。
「馬鹿力」
「…すまん」
ふてくされた童のような顔をして渋々少し身を離すものの、家康は三成の腰をしかと抱いたまま、離れる気はないらしい。
酷く月が明るい夜だから。
もしも、誰かが見ていたら、今度こそ家康は嶋に果たし状でも叩きつけられるのだろう。
そこまで考えると、三成は家康に腰を掴まれたまま大きくのけぞって、くすくすと白い喉を晒しながら、笑った。
「…どうした?」
不安げに、家康が訊ねてくる。
「――私の何がよいのだか」
分からなくて。
「ああ、でもお前が八つ裂きにされるのを見るのは少々忍びない」
三成のさも愉快、というからかいに、家康も苦く笑いながら応える。
「少々?少々、か」
儂が八つ裂きにされてもお前は泣いてはくれんのか、と。家康が目を細めながら、三成の白く長い首に唇を押し当てる。
「あ」
かくり、と倒れそうになるが、倒れない。
彼はしっかりともう、自分を抱え込んで、多分、放さない。
「…ま、て」
首筋を這い上がるやわらかな温度で、うわずる自分の声音に自分で震えながら、三成が己の首を食む家康の耳元に囁いた。
「…部屋で」
その言葉に家康が石の様に固まり、三成の顔を覗き込んだ。
「…いいのか?」
「――だから。見つかったら…」
私とて。
そこまで云って耳まで紅く肌を染め上げた三成を、家康は崩れるように抱き締めた。
震える三成の白い手に、押し頂く様に唇を押し当てる。
「――三成」
低く、胸の奥を、耳の奥を、頭の芯を痺れ刺す様な声音で。家康は囁いた。


こんなにも、お前が愛しいと。


其の瞬間、唇のぬくもりに思わず涙が零れた。
酷く明るい月影の夜に。

君を。


いと惜しい と。


心も身体もやっと感じられた、あの夜を。










何故、憎しみに染まった心で今も、夢見ているのだろう。



















『――羽根を捥がれ、残ったのは身体だけ』
『死に損なった身体だけ』
『忘れたい この身体にまだ 貴方のぬくもりが爪痕のように残っているの』
『ね、歌って』
『なんだかとっても、哀しいのに満ち足りた気分よ』
『きっと貴方も市とおんなじだからね。ね?』
『なんでもいいの。貴方の知ってる歌』


どこか遠くから聴こえて来る、と想っていた女のつらつら重ねられる独り言は、ほんの少ししか離れては、居なかった。
気付けばあの月影の庭でなく、漆黒の闇の中、三成は立っていて。
「…今の、幻は」
三成は凍ったように立ち尽くしたまま、横でしくしくとしゃがみ込んでいる女に訊ねた。
「貴様が見せたのか」
『夢を見る夢をみるゆめをみるゆめをゆみるゆめをみる…』
「答えろ」
『――そう、あれは、貴方の夢。』
お市がうなだれたまま、聴こえるか否か程の声音で答えた。
『あそこに居たかったのね。一番、貴方が望んでいる夢。』
その一言に、打ちのめされた。
嗚呼、自分は。
幼い自分の手をいつもひいてくれた、彼の人でもなく。
いつもその背中を、追いつきたい一身で慕った人でもなく。
あの温度を、夢見るのか。
あの腕を、夢求めたのか。
自分自身への憎しみで、張り裂けそうになる。
「……ッ」
がしゃり、と。白銀の甲冑を鳴らして崩れ落ちた三成の横で。
お市はすんすんと涙を拭いながら、三成の顔を覗き込んだ。
『ね、なにか歌いましょ。』
まるで童女のように、お市はねだった。
『あんまり哀しいし、切ないし。ね?なにか、違う夢の歌を、歌いましょ?』
「…うた。か…」
一寸先も見えぬ暗闇の中で。
三成は不思議とこの、想いの残像のような女と肩を並べていることに、嫌悪を覚えず――むしろ、寄り添うような気分になっていることに、気付いた。
「私は、余り知らない」
『でも、綺麗な声をしているわ。きっと、貴方が歌ったら素敵でしょうね。』
「…そうだな、昔、秀吉様に大坂城へ連れて行かれる前…近江の家で、姉上が子守唄を歌ってくれたか。あれなら…」
膝を折りながら、記憶を辿る。
すう、と自分でも不思議なくらい自然に、大きくなった喉仏から、霞んだ記憶の歌が零れた。


ねんねんころりよ おころりよ
坊やは よいこだ ねんねしな
坊やが 寝た間に 餅ついて


『…て?』
「…ついて…」
不思議そうに小首を傾げるお市の横で、三成の瞳が悲愴に染められた。
「…わすれ、て、しまった」

――姉上。

そう呼ぶ声さえも、遥か遠く感じる。
「…姉上?」
ぽろり、と涙が零れる。


   佐吉。佐吉。
   しっかりお仕えするのですよ。
   これからは 姉はお前の傍にいないのだから
   身体には気をつけて
   怖い話は 笑い飛ばすのですよ


「…姉上の顔…あの時のままだ」
『……』
「もう、ここから先は――」
『…想い出だけで、繋がるしかないのならば』
お市の声音が、別者のように低く、響いた。
『もう、時は動かない。』
その言葉に、はっと三成は息を止めた。
もう、あの夜からの君の力強い温度を想い出せない自分は。
重なった吐息を、梳かれた髪を、その指先を。
肌を伝った、露さえも。
「――もう、終わってしまったのか…?」
ああ、家康。
あの時どうして。
「終わったのか」
血のように黒い涙が、三成の頬を伝った。
「家康ッッ…!!」
血の滲むような擦れた声音を喉から搾り出し、手を伸ばす。手を。もう届かないあの日に。あの夜に。
やがて崩れ落ちた三成の横に。お市は戸惑いながらもしばし寄り添って、その背中の羽根を撫でてやっていたが。
ふいに三成は這い上がるように身を起こすと、背中の羽根――確かにそれは幻として容を成した――を自ら毟り取り、お市に差し出した。
「貴様に呉れてやる」
『…いいの?』
「ああ」
眉ひとつ動かさず、凍りついたような顔で。三成は、自分の羽根を差し出した。
「私の羽根はもう、手折られてしまったから」
有っても意味はないのだ。飛べないのだから、と。
三成は続けた。
『……そう……』
お市はそっと、その羽根を受け取りしばし見詰めていたが。ぱ、と顔を上げると、こう訊ねてきた。
『貴方も、自分のお天道様を、失ってしまったの?』
「――いいや」
失ったんじゃない。
「私は、陽に焼き殺されたのだ」
あの、淡く笑む、輝く東の照らすに。その温もりに縋った瞬間に。
「だから、もう――要らない」
どうせ、君さえ射殺せない羽根なんて。
『そう。』
お市は酷く無表情に、そのきらきらひかる白い羽根をぎう、と胸に抱き締めると、こう云った。
『市、貴方の代わりに云っておいてあげる。』
つ、と上げられたお市の蒼白い顔に浮かぶ闇色の瞳が、暗く、どこまでも暗く光った。
『貴方のお天道様だった人に。お前が』



堕としたのだと。



黄泉の底から蠢くような女の声音が響き、周りを蝕む闇が散った。










「――貴様のような惰弱な魂をッッ…」

時は、一瞬にして巻き戻ったことを、己の叫びで知る。三成は今――まさしく眼前の女に、刃を振り上げ決着をつけようとしている、あの瞬間に戻っていた。そして悟った。
そうか。貴様は。
私を映した鏡。
本当は泣きながら縋り、置いてけぼりのままにされたかった――

「心から、憎むッッ!!!」

弱い、自分だ。

「――終わりだぁぁあッッ!!!!」

ジャキィイインッッ!!と大太刀が光速で引き抜かれる金属音が響き渡り、それに沿って生まれ出った紫の軌跡が無数の刃となって、三成の眼前の空気までをも斬り裂いていく――

「死色の羽根よ…私を抉れッッ!!」

ザンッ…と跳躍した先に、あの女が立っているのが見える。
風圧で既に白い肌や頬からは細い血の筋が幾つも流れて、牡丹色の甲冑も解れているのに。お市は、ただ静かに三成の刃の軌跡を見詰めていた。病み色の、何処までも深く暗い瞳――

ズシャァアアアアアアアアアアア…

細い肢体が地を滑る音が響き渡り、三成は口に鞘を咥えたまま、半月の軌跡を描いて確かに自分が斬り裂いたであろう場所を、女を――見た。
だが。
そこに在る筈の肉塊は無く、お市は静かに立っていた。その足元に、闇の池をたゆたわせたままで。
「なッ…」
『闇色さん。』
ふわり、とお市が笑った。どこまでも透明な、それはまるで無邪気な子供のような。
『羽根をどうもありがとう。』
白魚のような細い指に、確かに光る、白のような銀のような――羽根。
『また、逢いましょうね。違う運命の道の上で。』
「待てッ…―――」
汐が引くように地に呑まれていく、お市に手を伸ばす。
だが――強く射す陽光に三成の色の薄い瞳は遮られ、後に残るは、朽ちた野望の成れの果て――







「斬り損ねたな」
気が付けば、大谷――刑部が、ふわりと曙に煌く銀と金の豪奢な羽織の後ろに立っていた。
「ああ」
しゃきん、と刀を鞘に収めながら、死人のような美しい冷たさで、三成は昇り往く旭日に向き合った。そして――
「実(げ)に恐ろしきは、魔王の血よ」
くく、と。
細い顎と薄い唇を震わせて、三成は嘲った。
「刑部、私は羽根を捥がれたぞ」
そら恐ろしい程にからり、とした笑みを浮かべながら、三成は踵を返し、城の石段を下りだす。
「――羽根?」
大谷が御輿を音も立てずに旋回させ、その後を追う。控える嶋に「引き上げじゃ。もうここに用はない」と指図しながら。
「ああ」
さも楽しそうに嘲う三成の横顔に、「(まさかあの女の闇に触れ、気まで触れたか?)」と大谷は目を細め、様子を伺ったが。
その嘲いはむしろ、あの泥土塗れる雨の日以来、初めて見る三成の心からの、楽しげな嘲いでさえあるようだった。
「呉れてやった」
たた、と細く長い足が鳥のように、白銀の甲冑をきらきらひからせながら石段を軽やかに駆け下りる。
「呉れてやった、と?」
そう尋ねながら――大谷は、はっと息を止めた。
前を軽やかに進んでいくその背中の羽根――半兵衛から「三成には白い羽根が似合うから」と贈られた、陣羽織に縫い付けられた羽根が、ふわり舞い散り、旭日に透けて消え去った幻が過ぎったので。
だが、頭を振ってもう一度その背中をみやれば、相変わらずその刺繍は大仰な程に美しく三成の細く、だが男らしい幅の背中を飾っていた。
ふわり、首だけで振り返りながら。
三成が笑った。
久々に見る、険の無い柔らかな、その瞳の淡いみどりが陽光に熔けるような。
「私は自由だ」
其の言葉に、大谷はただ戸惑うことしか出来ず。
いつだってこの男を理解出来る、などとは思ってはいないが、ここまで振り回されるのは初めてだ。
「時は、もう止まって想い出になってしまったのだから。其れを捨てて時を進めさえすれば、私は自由になれる。だが、私はそれを善し、とはしない」
大谷の無言など気にせずに、三成は美しい銀の羽織をさらさらと朝の風に鳴らしながら、親衛隊員達の黒い影にいつもどおり囲まれていく。
「自由で在れたことを知れた。それだけでよい。私は自由でなくていい」
「――さっぱり、主の云いたいことが解らんのだが」
大谷の率直な問いに、三成がもう一度、美しく微笑みながら答えた。
「想い出だけで繋がるしかないのならば、私は其れに絡み捕られたままでよいのだ」

そう、だから。
君がその想い出を捨ててまで、掴もうとするのならば。

「地を這い擦ってでも、この首だけになったとしても、必ずや家康の首を喰い千切ろう」

秀吉様の御為に。と続けながら笑う三成を、大谷は呆気に取られて見詰めることしかできなかったが。やがて
「…いや、愉快愉快」
と、諦めたように溜息を吐いた。
「主はまこと、闇の子よ。半兵衛殿と同じ星を背負って生まれた」
申し子よ、と続ける大谷の目の前に、もう三成の背中はなく。
「刑部様、石田軍全部隊出立の準備、整いまして御座います」
と、横に控えた嶋から伝えられ、もう一度溜息を吐く。
「往くぞ。太閤秀吉様の御為に。義、の為にな」

   多分。恐らく。
   そうであろう?三成――

羽根のような銀の糸をさらさら鳴らしながら歩を進める、躊躇いなく歩を進める。
其れがたとえ、最後にこの身を暗い炎で燃やし尽くす、荊の道だったとしても。


「――家康」


微かに声に出して、呼んでみる。
この世で一番憎き者を。疎ましき者を。故に

忘れられ得ぬ面影を。


「お前は…どんな夢を見る?」


三成の問いに応えるかのように、一輪の曼珠沙華から、りぃ…んと朝露が零れて散った。


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プロフィール

ゆみのや

Author:ゆみのや
戦国BASARA3の石田三成にぞっこん一目惚れいたし
こっそり応援し隊所存にございます。

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