BASARAの石田を幸せにし隊。

戦国BASARA3の石田三成をひたすらに応援するこっそり避難ブログ

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雲路の果て 中篇

幸村伝ベースの家三、中篇になります。
今回も幸村伝を踏まえ史実ベース、オリジナルの脇役も出てきてよく喋りますので、苦手な方はご留意くださいませ。
次の後篇でラストとなります、宜しくお願い致します。




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 三成が不審に思ったことは、何時まで経っても家康が己の元に姿を現さないことであった。

 此処江戸城で目が醒めてから数十日を数える頃になっても、一向に家康が三成の元に訪れることはなく。
「家康様は、傷の癒えぬ貴方様を案じておられるのです」
 信乃が三成の為に薬湯を用意しながら、静かに答えた。
「三成様、ほら。まだ信乃の助けがなければ床から起き上がることも出来ぬではありませぬか。そんな貴方様と家康様がご対峙されたならば、三成様は心乱してまた臥せってしまわれる……佐吉殿、竹千代様は」
 あらいやだ、つい。
 ほほほ、と品良く笑いながら、信乃が大分回復した三成の両手に、薬湯の入った碗を持たせて。
「いけませんね、こうしていると季節の変わり目、いつもお風邪を召していたちいさな佐吉殿を看病していたことを思い出してしまって」
 ついつい幼名でお呼びしてしまって、と笑う信乃の様子に、三成もまるでこの間は大坂城の己の部屋のようだ、と錯覚してしまい。
「信乃、あまり云うな」
 私はあまり丈夫ではなかった、と。ついに微かにだが苦く笑むまでになった三成の様に、信乃がふ、と瞳を潤ませ――
「……佐吉殿」
 詰め寄りながら、信乃は囁いた。
「どうか、どうか……生きてくださりませ」
「信乃……」
「世の者がなんと云おうとも、信乃は見ておりましたよ。佐吉殿は秀吉様と半兵衛様の子、豊臣の子として誇り高く戦い抜かれました。これ以上、たれがどう責められましょうや。信乃は最期まで佐吉殿とおりまする。家康様にも、そうお頼み申しておりますゆえ」

 どうか、生きてくだされ。

 黒目がちの――己が覚えている頃よりも、皺の増えた顔を必死で寄せてくるかつての乳母の懇願に。
 三成もまた、眼を見開き息を止めて。
 ぐらつく心を感じていた。
 あんなにも憎しみだけで、徳川を倒すことだけを願った心が。
 今、この小さなぬくもりに捕らわれていることに。



 篠突く雨が金の天上の床の間を暗くする晩秋の日に、彼はとうとう逢いに来た。
 信乃が「お傍についております」と、くれぐれもお心乱さぬようにと三成に添いながら、大分傷の癒えた薄い肩を労るように撫でていたが。
「――大殿様の御成りに御座います」
 小姓の静かな声音が響き、音もなく襖は開けられて――
 簡素な肩衣と袴に身を包んだ――徳川家康が足音静かに三成の隠された間にとうとう姿を現した。
 甲冑を外し、無防備にさえ思えるその様に。
 一瞬、三成の脳天は沸騰したかのような紅い殺意に染められ、大きな吊り目がカッ、と見開かれたが。
「三成様」
 と、己が手を握り締める信乃の制止に、ぎり、と歯を食い縛り想い留める。

 未だだ。
 そう、未だ其の時ではない。

「……問題ない」
 低く唸るように、三成は信乃にだけ聴こえるよう呟いて。
 その間にも家康は、まるで傷ついた獣のように鋭い眼光で己を確かめる三成に近づき、何も云わずに静かに、だが少しの距離を置いて胡坐をかくと。
「傷の具合はどうだろうか」
 相変わらず、真意の読めぬ人の好い微笑で問うてきて。
 ほんの少しの爪弾きではち切れてしまいそうな危うい空気の中、信乃は三成の横で嫗とは思えぬように背筋をぴんと伸ばし「お加減は日に日にようなっておりますれば」と、抑揚の無い声音で、瞳を伏せながら三成の代わりに答えた。
「そうか。それはよかった」
 家康はまったく動じずに、相変わらず微笑を浮かべたまま。次には
「信乃。悪いが少しふたりだけにしてはくれないか」
 と。
 其の言葉に、信乃が顔を弾かれるように上げて。
「三成とふたりで話がしたいのだ」
 だが、瞳は笑んではいない。
 家康は、もう一度「悪いが、暫し」と繰り返したが。
「――成りませぬ」
 信乃は、きっ、と瞳に力を込めて拒んだ。
「三成様が貴方様にどのようなお気持ちを抱いていようか、ようくお分かりのはずです、信乃が居なければ――」
「ふたりにしてくれ」
 家康はもう一度。信乃の言葉を遮って、そう告げた。
「……!」
 有無を云わせぬ眼光を宿す家康の気迫に、流石の信乃もたじろいだ時。
「大丈夫だ」
 三成が、信乃の手を握りながらひとつ頷いた。
「大丈夫だ。信乃。行け」
「三成様……!!」
 ですが、と食い下がる信乃に向かい。三成は、身内にだけ向ける柔らかな眼差しを一瞬だけ取り戻し、大切なかつての乳母に云った。
「私はお前を死なせない」
「……!!」
 その一言に、込められた意味を。
 一瞬にして解した信乃は、思わず瞳を潤ませたが。
「……次の間に、控えております」
ご無礼何卒御許しくださりませ、と家康に深々と頭を垂れて、嫗とは思えぬ美しい姿勢と所作で、音もなく打掛を引き寄せながらす、と小姓の後ろへと去っていった。
 次には、家康が顎を上げたのを認めた小姓も一礼をして床の間を去って。
 とうとう、ふたりきりとなった場所に、しとしとと秋の終わりの冷たい雨の音だけが響いて。
 張り詰めた弦を先に切ったのは、三成だった。
「……何故、殺さない」
「殺さない?」
 まるで、関ヶ原でのあの血戦の続きの如く。
 問いはあまりにも自然に始まった。

 何故 何故裏切った家康
 
 それがワシの歩むべき道だったからだ
 
 尽くすべき主を弑して万民を救うのが貴様の天道か

 三成の脳裏に、鮮やかにあの日、刃と共に交わされた言の葉が甦る。
 家康はといえば、それは既に終わったことなのだ、と穏やかとさえとれる表情のまま――だが。
「ワシはお前を殺したぞ、三成」
 次の答えが余りにもそらおそろしく、そして解せぬものであることに、三成は息を呑んだ。
「六条河原には、お前の朽ちた首が今でも晒されているのだから」
「……なッッ……!?」
「ようやくお前を殺せたのだ」
 苦労したぞ、と笑みさえ浮かべながら。むしろさも愉快、とさえとれる調子で、家康は三成に伝えた。
「まずお前に似た顔を持つ者を探すことに苦労した、だがもっと苦労したのはその髪の色だ。あと瞳もな。其の様な美しい水底の苔のような色の瞳は、きっと日ノ本にはお前だけしか居ないんだろうな。まぁ閉じさせてなんとか誤魔化せたが、結局髪の色は染めさせたんだ。半蔵も苦心したそうだ。お前は本当に――」

 あの天の月と同じくらい、稀有なる美貌を持っているから。

「代わりになる者など、本当に居ないんだ」
 そこまで云うと、家康は改めて――はっきりと。低く囁いた。
「三成、お前は死んだ。あの関ヶ原の合戦で、豊臣の最後の寵児として見事に戦い抜きワシに殺されたのだ」
 何を云いたいのか、解らなかった。
 三成は、家康が“水底の苔のような”と云った瞳を小供のように見開きながら。
 目の前の男が、かつては共に豊臣の旗印の下に戦い、そして最愛の主を殺し己の元から去って往った男が――一体何を云っているのかを必死で理解しようとして。
 解って。
「……き、さま……」
 ようやく口をついて出た言葉がこれか、と三成が己で己に呆れながら、そして目の前の、かつての想い人が知らぬうちにおそろしい怪物に成り果てていることに。慄いていることもおかまいないしに、家康はつらつらと。
「そう、お前はもう死んだのだ。だから、もう秀吉殿に忠義を尽くすこともしなくてもよい、天下の行方を案ずることもない。ただ、ワシの傍に居てくれ三成。殺してようやくお前を手に入れた」
 そして――
「これで、ようやくお前をワシの手でしあわせにできる」
 其の言葉に、三成は弾かれたように激昂した。
「――しあわせに、だと!?」
 掴みかかろうとして動かした身体に、鈍い痛みが走り。
「……ッッ……!!」
 と崩れ落ちる三成を、家康は迷うことなく抱き締めた。
「――私に触れるなッッ!!!」
 叫んではみたものの、自由の利かない身体と力の入らない拳では、家康の腕を振り解くことなど出来なくて。
「騒ぐな、三成」
 傷に響く、とそっと、だがどこまでも優しく背を擦られれば、あの頃の恋慕だけが――

 未だ絢爛豪華にそびえ立つ大坂城で、その月下の夜、何度でも睦んでみた夜だけが三成の脳裏に甦り。
 嗚呼、そうだ、と。
 こうして何度抱き締められたのだろうと。
 私達は恋うていたのに。
 此の血生臭い世で、それでも互いを見出して――想いあっていたと信じていたのに。
 何故、あの日々を自ら捨て己を置き去りにした男が、今更。
 すべてを、豊臣で過ごした木漏れ陽のような日々を無残に砕いた男が。

 こうまでして、自分だけを生かして求めるのか。

 嗚呼、お赦し下さい、この無様を。

 心の中で大切な人たちに赦しを請いながら、三成は
「……本当に、死んでしまいたい」
 と、血が滲むように呟いて。
「殺せ、私はもう貴様のモノとは成らん」
 抵抗さえしなかったものの、はっきりと拒絶の言葉を口に出す三成に。家康は暫しの沈黙の後――
「そうそう。真田昌幸と幸村親子なのだが」
 其の名が口に出されたことに、三成がはっと顔を上げた。
 遠い地で、それでも豊臣の為に関ヶ原へと向かう徳川の援軍を足止めする為立ち塞がった――真田安房守昌幸と、其の次男坊幸村。
 どうなったかは、知ることが出来ず己は家康の手に堕ちたのだ。
「アレらはな、今九度山に配流にしてある」
「……くど、やま……?」
 聞き慣れぬ地の名に、三成が思わず問えば。家康は彼を抱き締めたままで「ああ。高野山、なら分かるかな? あそこの麓にある村だ。其処へ配流した」と、続けた。
「生きているぞ。真田は。豊臣についてワシに最後まで頭を下げずにな。本当に大した親子だ」
 フッ、と苦く笑う家康の様に、三成が「……殺さなかった、だと……?」と震える声音で問うた。
「貴様の前に立ち塞がったというのに? 秀吉様を殺したようにはしなかったと? それは、アレらの身内の真田信之が……」
 夢で視た気がしていた。
 “これから共に歩んでくれる、お前にとって刑部のような存在”と、家康が認めた男の名。
 真田家の長男で在りながら、父・昌幸のやりように異を唱え、家康の下で戦い天下を統一することを望んだ白髪の逞しい若武者の名。
「真田信之が……」
 貴様に身内の助命嘆願を願ったのか、と三成が云いかけたが。
「いや、手駒になるかなと思ってな」
「――何?」
「豊臣の為に戦い、見事徳川の一軍を破った真田親子の首が……お前の返答ひとつでどうなるか、と云ったら、お前は」

 どうする?

 云われて、三成は男に抱き寄せられながら、背筋に耐え難い悪寒が走るのを。
「まさか……」
「別に、居ても居なくても構わないんだ」
 あの親子は。
 困ったように首を傾げてみせる家康の悪びれたことのない様に、三成がすべてを悟り思わず彼の胸の袖を掴んで。
「真田昌幸と幸村は殺すな」
 家康の瞳をしかと見上げながら、三成は、滑るように袖から細く冷たい指を滑らせて。憎くていとおしい者の頬に手を添えながら。
 それが、彼をほぐす何よりの手段と知っていたから。
「私も死なない。お前の傍に居る。だから――」
 頬から彼のくちびるへと長くて白い、青褪めた指を滑らせながら。
 三成は懇願した。
「もう、真田を責めるな」
「――そうしたら、お前は生きて傍に居てくれるのだな?」
「居る」
 微かに震える声音で、三成ははっきりと家康に向かって。
「真田昌幸と幸村は見逃せ。信乃と同じく、最後まで豊臣の名の下に仕えた者だ、これ以上――」

 私から奪うな。

 とうとう三成は、思い知って家康の胸に額を押し当てて。
「私から……」
 か細い声音を遮って。
「――ありがとう、三成」
 そう云って、家康は躊躇うことなく三成の細い身体をそっと、まるで硝子細工を扱うように壊さぬように、でも力強く抱き締めて。
「きっと分かってくれると信じている。お前も、此処に、ワシの傍に居ることが一番よいのだということを」
 あれだけのことをやってのけて? と、思わず口にしそうになりながら、三成は信じられない、と己を両腕の中に収めて――豊臣の頃、まだ裏切の痛みを知らなかった蜜月の頃と変わらぬ笑みを浮かべる仇を見詰め返した。
 絶望に捕らわれる三成と対になるような安堵の微笑を浮かべた家康は、一瞬困ったように眉を潜めた後で。
 傷だらけの分厚い、でもあの頃と変わらぬ温度の手で頬を掬われ、されるがままにくちびるを吸われる。
 何故、豊臣を、秀吉を弑せた手で、己の大切な者達を奪った手で、同じ手が、こんなにも変わらずに、あの頃のように。
 触れてくることに微かに震えを覚えながらも、受け入れてしまえば誰でもない、これが好い、と貪る様に求め合った身体の記憶だけが疼いて。
 この身体が、指が、絡め獲られる舌が、この男の味を、ぬくもりさえ覚えていなければ。

 今、男の首に添えている指に力を込めて、絞め殺すことが出来たかもしれないのに。

 だが、そう想うだけで出来ない己を殺してしまえたならと打ちのめされながら、三成は激しくなる雨音の中、恋われるままに男に抱き締められた。





 三成が、杖を頼りにだが立って歩けるようにまでになった頃、江戸の秋も終ろうとしていた。朝晩冷えぬようにと、信乃が火鉢を早に出して変わらずに離れずに、三成の世話をして。
 家康はといえば、時折訪れはするものの、無理矢理三成の身を抱き寄せることはもうなく――
 そのことを訝った三成が、「無理矢理にでも組み敷く気は無いのか」と思わず問うた夜もあったが、家康は少し困ったように笑みながら「お前がいい、と云って呉れたらいつでも」と。ただ優しく笑んで距離を保ったままだった。

 その様が、三成の気持ちを酷く苛つかせて。

 “やっとこの手でしあわせにできる”と云った。

 しあわせ。そんなものは、秀吉様が貴様の手で弑された時に、とうの昔に――
 想いながらも。日々はあまりにも穏かに流れ、自分は何も出来ぬまま此処に伏せるだけ。
 酷く高く晴れた晩秋の秋空の太陽は、床の間まで差し込んで、暇つぶしに寄越された書物を手繰る三成を微かに温めて。
 そしてふと気付いた。
 鼻先をくすぐる、濃く艶やかに芳る花の香に。
 信乃は変わらずに己の傍で、冬に備えて厚手の羽織を縫っていて。
 気を緩めれば、此処が己を囲う為に江戸城奥に築かれた屋敷ではなく、まるで己が子飼いとして過ごしていた大坂城・西の丸のようにさえ思えてしまうのは――
 顔を上げて、三成は床の間の横、回廊から広がる広大な整えられた庭の光景にはっとした。
 そうだ。此処は、似ている。いや、似ているどころか――
「……信乃」
 ふいに己の乳母役であった者の名を呼びながら。
 三成がふら、と床から立ち上がったので。
「いかがされました」
 と、信乃がさっと横に寄り添って、おぼつかない彼を支えた。
「此処は……この庭は……もしや」
「お気づきなされましたか」
 杖を手繰り寄せ、三成に渡しながら。信乃は庭へと続く飛び石の上に、履物を用意して三成を助けた。
「大坂城の、貴方様の過ごしていた西の丸を……家康様はそっくりそのまま、現してみせたのです」
 哀しげに。信乃はいたたまれないように瞳を伏せながら。
「あの御方なりに、貴方様を慰めようとしたのが、此処大奥屋敷の在り様とは」
 皮肉なこと、と続けながら。
「認めたくはありませぬが、家康様は貴方様が此処で少しでもお心安らかに過ごされるようにと、誠にお心尽くしておられるようで」
「……やはり、そうなのか……」
 信乃に履物を履かせて貰い、ゆっくりと土の感触を確かめながら歩み出る。
 三成は、近くで愛らしい橙の小さな花々を咲かしている、濃い常磐色の葉を繁らす木立に手を添えた。
「この花。日ノ本では大坂城にしか咲いておらぬ、大陸から渡ってきた花なのだと……半兵衛様のお気に入りだったのだ」
 云いながら、三成は長くしなやかな腕を伸ばして、橙色の可憐な、小さな花々に触れた。
「……そう……秋の深まる頃に半兵衛様が――」
 愛でた芳り。
「……家康は、覚えていたのか……私と半兵衛様、秀吉様が愛でた大坂城を……」
「ほんに。此処に居ると、あの頃を想い出します。佐吉殿と竹千代様は、いつも此処で仲ようお戯れになっておられました、元服されてからもおふたりはいつも此処で肩を並べて――」
 ほんに懐かしい、と信乃がどこか遠くを見詰めながら微笑んだが――
「……佐吉殿と……“竹千代様”……?」
 三成が。
 ほんの少しの違和感を、胸にひっかかる何かを覚えて眉を顰めた。
 そういえば。江戸城にて、何度か彼女が家康と自分が幼かった頃の噺をしながら家康を“竹千代様”と呼んだことを思い出す。
 だが、家康を幼名で彼女が呼んでいた記憶が無かった。
 そもそも、家康が小牧長久手の戦いに敗れまだ幼さを顔に残す頃に豊臣に下り大坂入りしたのは、とうに今川氏の計らいで元服した後であった。
 まだ幼い自分をよく信乃は“佐吉殿”と呼んでは可愛がってくれたものの、山吹色の戦装束に身を包む家康に対しては恭しく「三河守様」「家康様」と、しかと一国の主として呼んでいた――
 
「――貴様、本当に信乃なのか?」

 三成が地を這うような、戦場で敵と対峙する時と同じ声音で――
 酷くゆっくり顔を上げ、己の瞳を見詰め返してくる女に向かい問うた。
「信乃は確かに我ら……私が佐吉だった頃から、其の頃から家康のことを見知ってはいる。だが“竹千代”と……幼名で呼びはしなかった」
三成の瞳が鋭く光り。
「何故なら、家康は豊臣の外様……何よりも一国の主であった。敬意を以って、信乃は常に“家康様”と――」
 
 貴様は本当に、私の知っている信乃なのか?

三成の問いに。
彼女は――信乃は、本当に悲しそうに一瞬眉を潜めた後。
「やはり、こういったことは長く持ちませぬな」
 其の声は、年老いた嫗のモノではなかった。
 低く、今まで聞いたことのない女の声で。信乃はす、と背筋を伸ばした後――
「今まで貴方様を欺いたこと、何卒お赦しくださいませ」
 三成が驚いて瞬いた次には、其処に信乃は居なかった。信乃が居たはずの場所に立っているのは、何処にでも居るような、平凡な顔つきに黒髪を束ねた若い女で。
「信乃様は、今も美濃で穏やかに過ごしておられます。それだけは案じられますな」
 女はそう云いながら、肩膝をついて三成に深く頭を垂れた。
「ただ、膝を悪くしておられまして、どうしても江戸に迎えられなかったこと。そして、あの気高い御方はどう頼んでも徳川に下っては呉れないと……我らが伊賀忍棟梁の、服部半蔵の判断で、私が信乃様に化けて貴方様を欺くこととなってしまいました」
 どうかお赦しを、と続ける女に向かい。三成は「……貴様は……何者だ」と。低い声音で改めて問うた。
「私は家康様に仕えるくノ一、朧と申します」
 深く頭を垂れたままで。朧、と名乗ったくノ一は続けた。
「これからも、貴方様のお傍にお仕えし、お守り致します」
「――“見張る”、の間違いではないのか?」
 そう云い捨てる三成の顔を見上げながら、朧は――「……すべては貴方様の為にございます」と。ほんの少し、哀しげな気配を黒い瞳に過ぎらせながら、静かに立ち上がり三成に向かい合った。





 あちこちから大工達の威勢のよい掛け声が聞こえ、多くの人々が活気に満ちて行き来する江戸城を、片倉小十郎を伴い、ゆっくりと見渡しながら。
 奥州筆頭・伊達政宗は「大したモンだねぇ、ここいらはなんもねぇだだっぴろいのっぱらだった、ていうじゃねえか」と。前を往く本多正信――彼は家康と同じく人の好さそうな笑みを絶えず浮かべる好々爺であった――に云った。
「はい、まっこと何も無いのっぱらでありました」
 はっはっは、と。政宗と小十郎を先導し回廊を歩みながら、翁は続けた。
「秀吉公から此の地を賜った時には面食らったものでしたが、家康様は“何も無いからこそ、何でも築くことが出来よう”と、持ち前の辛抱強さで此処まで拓かれたので御座います」
 そういう御方です、と。
 肩越しに振り返りながら、正信は変わらずに笑みを浮かべはしていたものの、その瞳には「決して楽な道程ではありませんでしたが」と。己もまた本多家のもののふとして、若い家康を支えてきたのだ、という侮り難い眼光があった。
「いやいや、見習いたいモンだな」
 Fuuu、と口笛を鳴らして肩を竦めた奥州の若竜に、正信が「とんでもない、政宗殿も寒さ厳しい奥州の地を青葉山を中心に、かつて藤原氏が成したように京のような豊かで活気ある町になさろうとしていらっしゃるとか」と語りかけた時――
「――おや」
 右手の曲がり角からぬっと。
 天上に届きそうな結い上げた獅子の鬣ような白髪が現れたことに、信正が歩みを止めた後、「これは」と。白髪の巨漢の若武者が会釈をして道を開けたので。
「これはこれは、あいすみませぬな信之殿」
「信之……?」
 正信の後ろの政宗が思わず其の名を問えば。小十郎もまた、「貴殿は……」と目を細めて相手をうかがい。若武者は、弦月の兜も無く、濃い蒼の陣羽織を着崩す姿ではあるものの、政宗の右目を覆う雷を刻み込んだ鍔――眼帯ですぐに気付いたらしく。はっと目を瞠ると更に深く頭を垂れて、肩膝をついて改めて道を開けてきた。
「伊達政宗公を足止めするとは、ご無礼何卒ご容赦願いたい」
 もうこちらをうかがうこともせずに畏まる信之の様に、政宗は「……いや、こっちこそ急に訪ねて来たんだ。気にするな」と、静かに答えて。
「おや、お二人は見知りの仲でありましたか」
 数々の戦場を乗り越えて来た本多正信は、眼をきょろきょろとして記憶を辿り出したが。
「いや、戦場で出逢ったことは一度もねぇ。ただ……」
 アンタの弟はようく知っている。
 政宗の言葉に一瞬、信之の口がぐ、と結ばれたが。
「――普請場にてまだ勤めがあります故、これにて」
 深く一礼をすると、信之はさっと立ち上がり、政宗の後ろに控える小十郎にも頭を下げつつ足早に回廊の向こうへと去ってしまった。
「……真田……信之……」
 ふさふさと靡く彼の髪を見送りながら。政宗はぼそっと
「……アイツと全然似てねぇな」
 似てねぇな、と。独りごちたあと「往くか。征夷大将軍を待たせちゃ悪いからな」と、信正を促して、今頃九度山でどうしているのだろう、と己の好敵手である男のことを想った。
 だが、今日は彼の為にわざわざ江戸まで足を運んだのではない。
 そう、もしかしたら――
 公明正大、万民の為に石田三成率いる西軍を討ち倒した、と謳う、征夷大将軍徳川家康の隠された本性を暴くことになるのやもしれぬ――ある意味とても危うい勝負に出ることにしたのだ。
 後ろで変わらずに難しい顔で沈黙を守る小十郎に「おい、そんなに眉間に皺を寄せるな。別に喧嘩しにきたワケじゃねぇ」と小声で囁いた政宗に、「もっと危ういことを為さろうとしていらっしゃる」と。厳しい答えを返したが、此処まできたからには真相を探らねば、と、油断のない眼光で活気に溢れる江戸城を見渡した。




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ゆみのや

Author:ゆみのや
戦国BASARA3の石田三成にぞっこん一目惚れいたし
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