BASARAの石田を幸せにし隊。

戦国BASARA3の石田三成をひたすらに応援するこっそり避難ブログ

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人もをし

長い道のりでしたが、ようやく自分の中での「豊臣一家シリーズ」、これにて了。
紀之介と佐吉の出逢いから、凶王と刑部に至るまでの、想い出の断片。

「夏の大坂城にて。」~「卯月の頃」~「文月のころ」~「名残雨」~

「人もをし」。

で、秀吉、半兵衛、官兵衛、三成、大谷さん、の五人の立ち位置を描いてきたつもりです。
少しでもお楽しみ頂けると幸い。

そして……

フライングで4の“島左近”くんがでております…
そこ「大丈夫ッス」な方はよしなに、よしなに…!

豊臣軍が…大好きです…!!!!!


     人もをし

     人もうらめし
     あぢきなく

     世を思ふゆゑに
     もの思ふ身は


                後鳥羽院



























 まるで親子のようだ。

 そう、伝え聞いてはいた。

 半兵衛様と、佐吉殿は。

 同じ真白の毛色の、華のやうなる――

 小姓たちに侍女ら、いい歳をした家臣にまで溜息を吐かれる程に麗しい彼の人と、件の近江は佐和山から連れてこられた“佐吉”殿が一緒に歩いているのを見止めたのは、少年――大谷紀之介にとっては、今日が初めてだった。
 回廊の反対側、軽やかに歩く竹中半兵衛の姿を見とめ、声をかけようとした。
 先日から指していた“将棋”――と、云っても彼と彼にとってはそれは本格的な布陣と実戦の模擬でもあったが――の続きを挑もうと彼の人を探し、広い大坂城を歩き回ってようやく見つけ出したのだ。
 が、其の横に。
 なんと、半兵衛のあの紫苑の色を潜ます珍しい銀糸と同じ色の髪を持つ、まだ十になるかならないかくらいの小供が並んで歩いていたので。
 ああ、アレが噂の。
 肩までに揃えられた黒絹の髪をさらり、と鳴らしながら紀之介が細い、神経質そうなな鋭角の顎を上げて其の子を目で捉える。
 狐――きつねのように、鋭い細い線だな。
 幼いながらに其の横顔には、一人で家を出て秀吉の子飼い衆に加わった故の、凛とした覚悟のような空気が在って。
 陶器のように白い肌に映える、不思議な――水底に萌える苔のような大きな切れ長の瞳が、半兵衛と同じく異質な程の“美しさ”を醸し出している――
「狐か」
 思わず、紀之介は呟いていた。
 覇王・豊臣秀吉に見出され、しがない土豪の末子だったあの少年は、今は秀吉の右腕にして世話女房の竹中半兵衛軍師、随一のお気に入りとしていつも傍に置かれるようになっている。

 狐が、憑いたか。
 豊臣の力に惹かれて。
 佐和山の狐。
 土豪の末子として歴史の端にすら触れることなく消え逝く命であることを否定し、這い上がろうとするのか。
 それとも――

「憑かれたのは……」
 ふいに、紀之介が病で擦れた声で呟いた時だった。
“佐吉”が半兵衛の顔を見上げてふたこと、みこと。何かを伝えたようであったが、半兵衛には少し聞き取れなかったらしい。「うん?」という感じで首を傾げた半兵衛は、次に佐吉の肩に長く細い腕を回して、彼の唇まで自分の耳を寄せたのだった。
 佐吉は少し身を引いて畏まりながらも、まるで親兄弟にそうするかのように――同じように、ふたこと、みこと。何かを半兵衛に囁いた。
 すると半兵衛は今度こそ「ああ」という顔をして、折り曲げていた身体を元に戻して。微笑みながら、佐吉に向かい短く何か返事をすると、何気なしにその小供のさらさらの銀糸を撫でてやって。
 やりながら、明るく微笑み、相変わらずとつとつとなにか語りかけてくる少年に向って頷いてやっている様はまるで――
 其処まで見たあと、ふいに紀之介は己が掌に目を落とした。
 生まれた時は、母親に似てまるで白魚の様だ、と褒められていた、手は。
 少しづつだが、爛れ、膿み、剥れ、人目に晒すのが恐ろしい様相を呈してきている。
「業なれば」と、寺の和尚は口にするのも恐ろしい、というように数珠を鳴らして念仏を唱えただけで、母も爛れだした愛息の肌を撫でては泣いたが、それ以上はもう、なにも出来なくて、して呉れなくて。
 紀之介は、肩まで切り揃えられた黒絹のような髪をさらり、と鳴らしながらうつむき、包帯に包まれた我が手をじぃ、と見詰めながら、想った。

 確かに、“綺麗な子”だ。

 初めて其の子に出逢った時、半兵衛が思わず零した言の葉が、「なんて綺麗な子だろう」だったと。
 それからなにくれとなく、“知らぬ顔の半兵衛”と呼ばれ、見た目の麗しさの下に潜ます迫力で兵や家臣団からも一目置かれている、豊臣の右腕が。
 まるで己の身内のように、毛色の白い其の子を可愛がるようになった。

 己と盤を挟んで向き合う刻が減ったのは、あの毛色の白い子狐のせいだったか。

 気付かぬうちに己が目頭の下に皺を寄せていた――不機嫌な様――ことに、紀之介がはっと息を呑んで、それから踵を返そうとした時。
「紀之介君?」
 反対側の回廊から、半兵衛が張りの有る大きな声で呼び止めてきた。
「具合はもういいのかい」
 すたすたと、細い身体を滑らせるように。竹中半兵衛軍師は微笑みながら己と主君の子飼いの中でも、一番の聡明さを誇る子に向って微笑んだ。
「――はい、半兵衛様」
 紀之介も何事もなかったかのようにすっと彼と――其の横に付き従う白い子狐に向き直り。
「ならよかった。あまり良くないようなら、湯治に行かせようかと秀吉と相談してたんだけど、新しい薬が効いたのかな?」
 相変わらず、身内には過保護な程の優しさを示す半兵衛の微笑みに、紀之介は口元だけで笑って
「はい、半兵衛様。お陰様で痒みが大分治まりました。秀吉様と半兵衛様のお心遣いに、この紀之介、益々豊臣の御為に励む所存に御座います」
 と、頭を垂れた。
 其の様に、半兵衛は静かに二重の下の長い白い睫を伏せて。

 賢しい子だ。

 心の中で少し――ほんの少しの心配を抱えながら、目の前の子を見詰めた。
 この子は賢しい。
 齢に不釣合いな程の賢さと、落ち着き、思慮深さ。時折冷たく暗く光る――不思議な瞳。
 だから、本心を読めない、いや、人に読ませない何処か――酷く寂しい冷たい心を、半兵衛は案じる。そして、哀れに想う。だからこそ、自ら兵書を講義し、将棋の相手をして目にかけてはいるのだが。

 この子は、孤独だ。

 同じようにひとより賢く生まれついた己だからこそ、なんとなく――その孤独が分かる気がする。
 でも。紀之介、それではひとは――
 半兵衛はそこまで心の中でひとりごちて苦く笑い、己の後ろに控える佐吉の肩を抱き、ふいに彼の――紀之介の前へと差し出して見せた。

 ばちり。

 初めて、ふたりは視線を合わせた。
 まだ幼い豊臣の子飼いふたりは、目を瞠ってまじまじと――視線を合わせてお互いに息を止めた。
「紀之介君に逢わせようと思っていたんだよ。丁度よかった」
 半兵衛の声に、ふたりは驚いたように色の白い佳人を同時に見上げた。
「紀之介君、この子は秀吉が世話になった近江の地侍の石田家の子、佐吉。未だ幼いから元服もしてないけれど、いづれ君のように秀吉の為に豊臣の力になる、大切な子飼い衆のひとりだよ」
 そう云われながら佐吉は半兵衛に促され、目の前の自分より幾分年上の少年――頸や腕、手首まで何故か包帯で巻かれた――に向かい、きちんと身体を折り畳んで頭を垂れた後
「石田家が三男、佐吉ともうします」
 と、酷く生真面目に名乗った。
 知っている。
 と、心の中で答えながらも――紀之介は敢えて暫しまじまじと半兵衛に肩を抱かれている佐吉を足のつまさきから尖った才槌頭のてっぺんまで視線をめぐらせた後――
「狐のよう、よな」
 と。
 酷く冷めた声音で云ってみせたので。
 半兵衛は紫苑の二重の瞳を大きく見開き、云われた佐吉は――
「……なんと?」
 幼い顔に不釣合いに、眉間にみるみる深く皺を寄せざわわ、と其の銀髪を逆立てた。
「聞き及んでおった。佐和山から秀吉様が狐のような毛色の白い小供を連れてきた、とな。やれ、何処に尻尾を隠しておる?」
 小童。
 続けられた言葉に、佐吉が顔色を変え、大きな苔色の瞳を引き攣らせながら「なんだと!?」と、怒りを露わに声を荒げた。
「わたしを侮辱するか!」
 普段は自分からは口を開かぬくらい静かに畏まる佐吉の荒ぶることに、半兵衛が驚いて己の横で銀糸の髪を逆立てる子を見下ろした。
「ふふ、図星であったのでそのように怒るか?」
 そして、不敵な笑みを浮かべて己より幼い子をからかう――紀之介の意地悪い笑みに。
 半兵衛は驚いてふたりの小供のやりとりを、止めることも忘れて見やった。
「では貴様は、秀吉さまが人と間違えて狐を連れ帰った、というのか!!」
 だが、次に続いた佐吉の言葉に、紀之介の顔から笑みが引いた。
「わたしを侮辱することは、わたしの主君である秀吉さまを侮辱するということ! わたしの身は、命は、秀吉さまのタメにあるのだから……わたしを見出してくださった秀吉さまの目を、侮辱するということなのだから!!」
「――分かった! 分かったからもう止めなさい、佐吉!」
 其処ではじめて、半兵衛が我にかえったようにちいさな肩をいからす佐吉の前にしゃがんで目線を合わせ、両頬をぎゅ、と紫の手袋に覆われた優雅な指で引っ張った。
「ひゃ、ひゃんへえはま」
 頬をひっぱられた佐吉は、それでも逆立った毛をおさめようとせずに、今は育ての親御となった佳人をすがるように見上げたが。
「まったく……君ってばほんとに、歩が成ったと金みたいな子なんだから!」
 いや、と金どころじゃないや、龍王だよ、龍王。
 困ったように、だがどこか楽しげに佐吉のやわらかな頬をぐにぐにと揉んでぱっと離すと、半兵衛は佐吉に「もうそろそろ八つ時だね。君に大事な命を下そう」と、仰々しく立ち上がり告げた。
「秀吉の処に、お茶を持っていっておあげ。信乃に“お茶請けをください”って云えば、こないだ京から届いたおいしい水菓子を出してくれるだろうから。それを持って秀吉と食べておいで」
「え……」
 きょとん、と大きな吊り目を見開いて、微かに頬を赤らめる様は齢、十になるかならないかの小供らしい愛らしさで。
 半兵衛はくすり、と笑って屈んで彼の頭を優しく撫でると「さ、大切な命だよ。行ってくれるね?」と佐吉の顔を覗き込んだので、小さな近侍は「……はい」と。少し不満げに頬をふくらませながらも、「いってまいります」と頭を垂れて、ぱたぱたと回廊を歩き去った。後――
 半兵衛は今度は紀之介に向き直ると、「――約束、忘れていたワケじゃないよ」と。困ったように紫苑の大きな双眸を細めて。紀之介がはっとしたように彼を見上げると
「遅くなってしまってすまなかったね。さ、僕らはこの間の続きをやろうか」
 と。
 紀之介の肩を抱いて、己の間へと共に歩み出した。





 半兵衛の自室は天守閣の上のほう、親友と共に世界を見据える為に造られた南蛮風の――天井には夜空と星図、その下に四足のついた机や椅子と、半兵衛が世界中から掻き集めた兵法書がそこかしこに積まれた――広間となっていて、開け放たれた窓からは、初夏の青空と賑やかな城下町が望める。
 テーブルの上に将棋の盤を置いて、真紅のびろうどを貼った南蛮椅子に腰掛けながら、紀之介は半兵衛の一手を待っていた。

 秀吉様は正しい。

 待ちながら、顔を横に向け窓から見える城下と明るい空を見詰めながら――紀之介は、この景色を見るたびにそう想う。
 尾張の魔王、織田信長は確かに永に続く京の室町幕府の内の揉め事、それを取り巻く近辺の武将たちにより麻の如く乱れた戦乱の世を、圧倒的な武力で“天下布武”――焼き払い再生させようとしているが、あの魔王の残していくものは“焼け野原”だけだ、と紀之介は想う。
 だが、豊臣は同じ“力”ではあっても、制した土地の武将や民草を軽んじることなく様々な新しい方法で以って、“富国強兵”へと導いていこうとしている。
 堺の商人衆が進んで力を貸しているのも、秀吉や半兵衛の「豊臣の為に動くのならば、必ず将来の繁栄と一族の安寧を約束する」という、至極人間的な交渉に、魔王の元で喰い尽されるくらいなら、と云う思惑あってのことだろう。そして――
 秀吉様と半兵衛様は、こんな病の身の己をも子飼いとして可愛がり、未来の“豊臣の子”として育てようとしてくれている。
 その事実が、紀之介が親元から離れてまで、武人としての道へ進ませた切っ掛けであった。
「はい、もーらった」
 城下の景色に見とれていた紀之介の耳に、ふいに半兵衛の軽やかで楽しそうな声が響き、気付けば己の手駒はひとつ、半兵衛の手に落ちていた。
「……」
 黒い瞳を見開いて「いつの間に」と声を出せずに盤の上を見詰める紀之介に向かい
「歩を軽んじてはいけない」
 と。
 半兵衛はと金と成った己の駒を指差しながら、穏かに――だが強い光を瞳に潜ませ、己が寵児のひとりに云った。
「桂に気を取られていたでしょ」
「……はい……」
 黒髪の端をさらり、と鳴らしながら微かに項垂れた子に向って、半兵衛は続けた。
「桂は僕かな。囮の役目のようなモノさ。でも、その後ろに一歩づつでも確かに進んでくれる歩があって、初めて力を発揮出来る――そう、豊臣に要らない兵などひとりも居ない。農民上がりの一兵だって、陣を獲るために動いてくれる、大切な力なんだ」
 そこで半兵衛は細い面を上げて、紀之介の視線を捕らえてひとつ。頷きながら。
「君もだよ。大切な、豊臣の力だ」
 僕は決して誰も、軽んじなどしない。
 告げられたことに、己の浅はかな嫉妬を見破られたのだと――紀之介は返す言葉を見つけられず、押し黙った。
「佐吉を傍に置いているのは、あの子はほんとに世間知らずの小供だから。君に喰ってかかる時点で分かるでしょう、怖いもの知らずでほんとに危なっかしい子なんだ」
 まるで飛車だよね。
 苦く、だが楽しそうにも笑いながら、半兵衛はそっと――包帯に包まれた紀之介の手を、躊躇いなく取り両手で包み込んだ。
「だけど、今はまだあの子は歩にさえ成れない小供なんだ。可能性は未知数だ。だから……僕は、紀之介君ならきっとあの子を正しい力へと導いてくれると、思っている」
「……われが、佐吉、殿を……」
 導く?
 呆気にとられて目をぱちくりするしかない賢しい子に向かい、半兵衛はもう一度頷いた。
「だから。紀之介君、佐吉をよろしく頼むよ。君はあの子が持っていないモノを持っているからね」
 さあっ、と夏の風が部屋に吹き込んで、覇王の右腕と、子飼いの髪を揺らした。








 明けた次の日のこと。
 大坂城の美しい回廊を山のような書物を抱えて紀之介がいつものように、離れの庵に歩を進めていた時だった。
「大谷どの」
昨日とは打って変わってしっかりと、自分の氏名(うじな)の後に敬称をつけてきた白い子の顔を、大谷はまじまじと大きな黒い目で捉えた後――
「……石田、どの」
と、相変わらず、病の所為で擦れた低い声音で彼の者の名を呼んで、身体を佐吉のほうへとするり、回した。
「昨日とは随分な変わりようよな」
「半兵衛さまが」
 こくん、と小さな喉で息を呑み。
 幼子は畏まり緊張した面持ちで、大きな狐のような吊り目を己に向けていたので、紀之介も同じように、黒い眼を見開いた。
「半兵衛さまが、大谷どのはわたしより歳も上で、わたしよりも位も上なのだから、敬意をもってせっしなければならない、と仰ったのだ」
 きっちりと。
 背筋を伸ばしてこちらを見上げる佐吉の苔色の双眸を自身もまた真っ直ぐに捉えていることに、紀之介は久しく無かった、不思議な感覚を。そして、ふいにクク、と苦く哂った。
 そうか。
 そうだった。
 こうして他人が恐れることなく、この半分ほども包帯に巻かれた顔面を見詰めて呉れるのは――そう、秀吉や半兵衛、あの無遠慮な黒田官兵衛以外では、何時振りだろう、と。
「……大谷、どの?」
 ひくり、と黒鳶色の眉尻を上げ、佐吉が不思議そうに問う。
「何を哂われるか」
「いや、何。ぬしはわれがおそろしうないのか、と」
「おそろしい? 何故」
 ぱちくりと。
 大きくて、ひかりに透けるとびいどろのように見える、不思議な色合いの瞳をまばたかせて、佐吉がはきはきと迷いなく告げることは。
「秀吉さまは貴殿の口のついた茶を何回か頂いたが、ああしてご健勝であらせられる。半兵衛さまとて、同じ。半兵衛さまが教えてくださった、“紀之介君の病気が伝染(うつ)ることはなかろうよ”と。“皆、ああして外見が崩れていくのを見ることが恐いだけなのさ”、と。わたしは半兵衛さまに“半兵衛さまは恐くないのですか”とお訊ねした。そうしたら、半兵衛さまは逆にわたしに、“佐吉は紀之介君が恐いかい?”と、訊ねてこられたのだ」
 そこまで一気に一方的に――喋ると、佐吉は相変わらず細い顎をく、と持ち上げた面持ちで、紀之介の目を見据えた。
「……それで」
 わざとらしく紀之介はううん、としゃがれた咳をした後に、目の前の“佐和山の狐の子”に問うた。
「ぬしは、われがおそろしゅうない、と」
「ない」
 間髪入れず返された答えに――紀之介は一瞬面食らった後――くっくっく、と肩を揺らしながら笑った。
「だから、いったいなにを哂われるか!」
 一丁前に武人のように言葉を紡ぐおさなごに、益々紀之介は愉快になって「いやおもしろい、やれ、これはおもしろい」と。
 久方振りにか、心から偽りのない笑いを。
「やれ怒るな、佐吉殿。ぬしのあまりに曇りなき純粋無垢な心に呆気にとられたまでよ。われはこのような病になってから、とんと人を真っ直ぐ見つめたことなどなくてな」
 紀之介の言葉の意を解せるほどおおきくなはない佐吉は、きょとん、と。何故か今までと打って変わって穏かな笑みを浮かべる彼の青褪めた顔を見詰めていたが――
「……あ、あの。それで……大谷どの。半兵衛さまが、わたしに命じたのだ。貴殿と将棋でもうって、なかよくなりなさい、と」
「ほう、半兵衛様が」
「だから、今そのいとまはあるか、と」
「よかろ。こちらに参れ、佐吉殿。美味い茶くらいは出してやろ」
 笑みながら、紀之介は肩まで切り揃えられた黒絹の髪を靡かせながら佐吉をうながしたので。
 佐吉もまた、少し緊張がほぐれた顔つきで彼の後に続いて回廊を歩み出した。



「おや」
 天守閣の最上階、覇王足る者に相応しい絢爛豪華な広間でこれからの展望を語り合っていた親友が、風に当たるために窓際に寄りかかっていたら、何かを見つけたらしい。
 半兵衛に手招きされて秀吉が天守の南蛮風の金枠の窓辺から身を乗り出し、紅い瞳を凝らして見ると。
 回廊を二人の少年――紀之介と佐吉が、歩幅を揃えて歩いているのが見えた。
「佐吉が、紀之介君と歩いているよ」
 少し楽しそうな声音で。半兵衛は、横に並んだ秀吉の腕に手を添えながら、もう片方の空いた手で、回廊を往く少年達を指差した。
「ふむ」
「可愛らしいね」
 ふたりとも、大切な豊臣の子だ。
 そう満足げに続ける半兵衛の穏やかな横顔に、一瞬目を奪われる。意識はすべて彼に注がれてしまう。
 もう何年も寄り添っているというのに、この男の美しさはまるで万華鏡のようで、戦場に在る瞬躙な時、夜空の月を見上げる静かな刻。そして今、初夏の薫風に溶けて消えてしまいそうな、儚く穏やかな、笑み。本当に色とりどりの麗しさで、胸を震わせてくるのだ。
「――どうしたんだい?」
 秀吉。
 彼の視線に気付いた半兵衛が、不思議そうに白い睫をぱさぱさ鳴らしながら、見上げてきたので。
 己の呆けた顔に気付かれなくてよかった、と安堵しながら、秀吉がふむ、と咳払いをして彫り深い紅い瞳を細めて、少年達に視線を移した。
「そうか。佐吉は紀之介と馴染んだか」
「うーん。どうだろう」
 ちょっとまだそこまでいってないかも。
 半兵衛の言葉に、秀吉が「どういうことだ?」と不思議そうに問うと、半兵衛はくすくすと苦く笑いながら肩を竦めた。
「この間ね。佐吉はほら、ああいう性根だから。紀之介君と小競り合いしたんだよ」
其の言葉に、秀吉は微かに眉を上げた。
「喧嘩か」
 其の問いに、半兵衛は少し困ったように微笑んだだけだった。
「二人には、仲良くして欲しいんだ。佐吉に持っていないものを紀之介君は持っているから。補え合えれば、ふたりはきっと豊臣の素晴らしい力に成るよ」
「……佐吉が持っていないものを? 紀之介が、か」
其れは何なのだ?
と云う秀吉の問いに、半兵衛が微笑みながら答えた。
「理性、かな」
強いて云えば。
「……理性、とな」
 秀吉がふむ、と唸りながら回廊の先へ消えていったふたりの小供の背を見詰めながら。
「だが、佐吉は未だ小供ぞ。理性などこれから幾らでも育つものではないのか」
 その問いに、半兵衛が口には微笑みを湛えたまま。瞳には心配を潜ませて答えた。
「……育てばいいんだけど……佐吉はどうも、真っ直ぐ過ぎて清廉潔白過ぎる気がするんだ。馬鹿正直っていうの? 三つ子の魂百までっていうでしょう、僕はどうもあの子はそのまま育ってしまいそうで心配なんだ……」
 そう云って長い巻き毛の前髪で瞳を隠すように思案する己の右腕で――想い人でもある者に、秀吉はほんの少し思案した後――
「では、お前が佐吉を望むように導き育てればよい」
 その為にお前に佐吉を託したのだ。
 告げられて、半兵衛が弾ける様に秀吉に向って顔を上げた後――このうえなく幸せそうに華の様に笑んでから、ふいに爪先だって風のようにくちづけは交わされたので。
 秀吉が驚いて紅い眼を見開いて固まるのを満足そうに、目を細めて眺めながら、彼は云った。
「小供を育てるのって、楽しいね」
 君が佐吉を連れてきて呉れて、本当によかった。
 彼が本当に嬉しそうなので、秀吉は思わず赤面する己の顔を「……そうか」と、呟きながら大きな手のひらで覆った。
「お前がそう想うのならば……我も同じだ」
「うん」
 にこにこと。
 白い顔を微かにばらいろに染めながら、半兵衛は歌うように続けた。
「紀之介君もね。たとえ彼の病が不治のモノだとしても、関係ないよ。僕らの大切な、豊臣の子だ」
 そして細い身体を静かに摺り寄せて、頭は逞しい彼の腕に預けて半兵衛は少し眉を潜めて――強く目を閉じて、希った。
 どうか。
 僕の残りの時間をすべて、あの子たちにあげてもいいから。
 このひとに掴ませてあげたい――この国の未来を。
 と。












「吉継君の指示をよく聴くんだよ。決して感情に任せて単騎駆けなどに出ないようにね」
 病床から上半身だけ起こして、それでも半兵衛は――遠くなってしまったあの日、立って戦場へ自ら出向いていた頃から変わりなく“佐吉”――三成の手を取り瞳を覗き込みながら、云い聞かせていた。
「はい、半兵衛様」
 三成と云う名を頂いた、“秀吉の左腕”と謳われるようにまでなった――佐吉も。
 あの頃と変わらぬ律儀さで、無邪気に育ての親御に向って頷いた。
「刑部だけでなく家康も参陣致します故、無駄な時間は一切掛けず斬滅して参ります」
 どうかご心配なきよう、と続けた三成から、す、と視線を逸らして
「……家康……家康君、ね……」
 違う意味でそっちも心配だ、と独りごちる半兵衛に、「?」と三成が小首を傾げれば「ま、それは左近君も一緒だから、大丈夫……かな。いいかい佐吉……と、三成。同じ豊臣の旗の下結束するのはいいことだ、だが徳川は所詮外様。本当の意味で身内ではない、それは決して忘れてはならないよ」
 と、半兵衛は釘を刺すように語尾を強めた。
「? しかし半兵衛様、家康は私に“争いの無き世を築く為、豊臣の為に拳を奮う”と誓いました。あれは豊臣の為に戦います」
 三成の告げたことに――半兵衛が眼を見開いて。
「それ、いつのこと? まさかふたりだけでしょっちゅう逢ったりしているのかい?」
 急に語気を強める半兵衛の様に、三成が少し戸惑いながら
「は……あれはなにくれとなく、私の傍に来るのです。この間は備前刀の良いモノが手に入ったと――」
「あーーーちょっと! 左近君ッ左近君!?」
 半兵衛の呼びかけに、まるで忍びの様に――さっと現れたのは、まだ少年の齢の、豊臣の斬り込み隊長――
「はぁいッ! 島左近、此処にッ!」
 逆立てて二色に分けて紅く染めた毛と眉と、細い体躯を滑らせて――三成の腹心、親衛隊長でもある島左近は勢いよく三成の横に座して半兵衛に傅いた。
「今の聞いてた?」
「もちろん」
 不服そうに、左近は眉間に皺を寄せながら半兵衛に向ってぶんぶんと首を縦に振った。
「……三成に悪いムシがつかないように。それ、親衛隊長のキミの役割でもあるからね」
 低い声音で告げられて、左近はびしっと背筋を正すと
「りょーかいッ! ですッ! 賽の目がどう出ようとこの島左近、ぜっっったいあの狸に指一本、三成様に触れさせやしませんッッ!!」
 ふたりのやりとりに目をぱちくりさせている三成に向き直ると、半兵衛は
「……やれやれ。やっぱり三つ子の魂、百までだったね」
 と。
 苦く笑いながら、三成の雪のように白い頬を、指の背で撫でた。




 
 石田治部少輔三成を大将として、中国に根強く残る豊臣叛勢力――毛利元就にも逆らい続ける国人衆――を叩く為――大谷“刑部”吉継と、徳川家康率いる三河武士たちは戦に入った。
 黒田官兵衛は小田原攻めの後始末で不参戦―――と、いうようりは、「官兵衛君には無理だ。あの土地に愛着があるから」と云う半兵衛の配慮で外されていたが、“豊臣の白き凶刃”と呼ばれる三成の猛追と、其れを助ける島左近の機敏、徳川軍の後詰め、大谷の采配があれば、もともと背水の陣だった叛乱軍はあっという間もなく散り散りとなり、「秀吉様の御威光に逆らうもの生かすべからず」と般若のように攻める三成の刃に、戦場は血の海となり――あっけなく、事は終ろうとしていた。
 だが――


「――こちらの条件を呑まぬ、だとッッ!!?」
 使い番として走ってきた左近から持たされた、篭城している大将首からの返答に――陣営中に響き渡る怒号を、三成が発した。
「は……ッ! あちらは清水宗治殿の切腹に殉じると……御家安泰の為誇りを棄てた毛利にも、力のみで成り上がった豊臣にも下る気は無いと――」
「半兵衛様の御慈悲に……ッッ……」

 唾を吐くと云うのだな

 ギリィ、と唇から血を滴らせん勢いで、絞り出された三成の呻きに。
 傍に居た徳川軍大将――家康が一歩、彼の横に進んで諭すように囁いた。
「三成、落ち着け。相手方は室町から続く国人衆、それなりにメンツというものがある。投降するよう今度は儂が豊臣名代として――」
「黙れ家康!! 貴様、この石田三成の名では国人衆風情も動かせぬと嘲るか!!」
「みつな――」
 肩に置かれようとした家康の手をばしっと叩き落とし、三成は微かに瞳を歪めながら――家康だけに聞こえるように、云った。
「……所詮、地侍の末子の気持ちなど……松平嫡男であるお前には……」
「――三成ッッ!!」
 家康の山吹の眼もまた、悲哀の色を浮かべ見開かれ、無理にでも目の前のひとの肩を掴もうとしたが――
 バサァッッ!!
 陣幕が勢いよく巻き上がる音と刹那、そして左近の「三成様ッッ!!」という悲鳴がほぼ同時に上がって、豊臣本陣は騒然となった。
「三成様……ッ!」
 ザンッと立ち上がり、家康の前を横切りながら。左近は怒りで攣り上がった紅い瞳を、彼に遠慮なくぶつけた。
「お前達ッ、来い!! 三成様を追うッ!!」
「「「はっっ!!」」」
「おい待て――!!」
 家康が島、と呼びかける前に左近率いる石田親衛隊は疾風の如く飛び出して、残された家臣達が「どうする!?」「半兵衛様はあくまで降伏させよ、とのご命令――」「また勝手に……!」「しっ! 大将に向って……」とざわつきだした時。
「やれ、やはり飛び出しおったか」
 日常よ、日常。
 何時の間にか三成の居た陣大将の床机の上に――大谷“刑部”吉継が、輿をふわり。浮かせて遠い目を。
「よい。石田親衛隊がすべてを終らすであろ」
「し、しかし刑部様、半兵衛様は……」
 家臣の一人が戸惑いながら大谷に問うたが、彼はいつもどうりのしゃがれ声で念仏でも唱えるように。
「其れはあくまで、少しでも命惜しいと動くモノがおれば、の噺よ。今もかつての主を慕い此の期に及んで下らぬモノは、どう転んでももう下らぬ。やれ、なんとも健気ではないか。小舟の上で腹を切った清水の御大将も地獄の底でよろこんでおろ。嗚呼アレは見事な切腹であったなァ、やれ懐かしい、中国大返しの前か――」
「……刑部!!」
 大谷の、死者を讃えているようで嘲るような――もの云いと切羽詰っている現状に、家康が黒く容のよい眉を潜めて、ぎ、と拳に爪を喰いこませ云った。
「ふざけている場合では――」
 ぎょろり。
 蝶々を模った兜と面頬、そして――進んだ病の為に全身に巻かれた包帯の隙間から。
 黒い瞳を禍つ星のように光らせて、大谷も家康に向って云い返した。
「われも出る。ぬしは本陣を守りやれ。もうよい、すべて凶王三成が薙ぎ払うゆえ」
「……な……ッッ!!」
「ゆけ」
 大谷の低い呟きに、陣営の影に潜んでいた忍びたちが蠢く気配がして、そちらに一瞬気を取られた家康が次に刑部の居た処を振り返った時には――彼はもう、居なかった。


「――でやぁああッッッ!!!」
 バキバキと城の塀を一太刀でかち割った凶王の荒ぶる様に、一瞬、既に死を覚悟している者達の顔が、死を上回る恐怖の権化の前に、凍りついた。
「……き、来たぞ――」
 取り囲め、八方から一斉に――
 怒号が飛び交い、単騎駆けで突入してきた三成に、一斉に刃が衝きたてられた――だが其の刃が届く前に。紫の無数の剣戟が、一瞬にして辺りを血の海と成して――
「……私を、豊臣を阻む者共め……皆殺しにしてやる……!!」
 禍々しい殺気を放ちながら、凶王は新たな獲物に目を血走らせた。
「――三成様ッッ!!」
 其処に追いついた左近と親衛隊が、三成を守るように取り囲んで。
「……ああもう……賽は振られちまったってワケね……ッッ」
 ぎり、と額に冷たい汗を浮かべながら、左近は背水の陣で半狂乱になりつつある敵兵達を睨みつけた。
「三成様、お守りいたします!!」
「要らん!!」
「要らん、じゃないでしょ!!」
 左近の存在など目に入らぬ程に怒り狂った凶王は、ダンッと血溜まりを蹴りつけて舞い上がり、大将首がいるであろう天守閣へと。
「~~ああもうッッ!!」
 シャキンッと手元の双刀に円を描かすと、左近は自分達を取り囲む敵兵に向ってダンッ!!と踏み込み、其れに続いて他の石田親衛隊員達も、あっという間も無く周りを斬り刻んだ。



 静寂が訪れた、塀の一角に。
 ひらひらと、黒い蝶が。
 水でも求めるように――「う……うう……」と。
 未だ息絶えること出来ず、地を這いずる一兵の手に止まった。
「――た、すけ……」
 彼が彷徨う視線を上げた先に。
 輿に乗った大谷刑部は――ふいに、にたり。
 心から愉快そうに笑んで見せたので。
「ひ、ひぃい……ッッ……」
 カチカチと歯を鳴らして、這いずりながらも必死で逃げようとする彼の頭蓋を、次の瞬間、大谷の操る数珠のひとつが、ぐしゃりと潰した。
「やれ、生き残りがおっては困る困る」
 凶王三成の名に偽りがあっては困る、と。
 大谷はクックック、と右腕をすい、と動かしながら、未だ息の根のありそうな者たちの頭を次々と。
「沈黙の賢人も、太閤殿下も其れを望んでおるゆえ」
 云いながら。
 死を運ぶ沼地の蝶は、音も無く輿を滑らせ、悲鳴と怒号が響き渡る天守閣を見上げた。



 破壊された天守の向こう、櫓まで続く回廊に築かれた血生臭い屍の海の中で、左近は細く筋の通った鼻をフン、と鳴らすとつまらなさそうに、傍に有ったひとつの首を足先で転がした。
「豊臣に逆らうからこうなるんだ」
 秀吉様は正しいのだから、と。
「……だから、三成様――」
 
 あなたもなにひとつ、間違ってなんかいない

「……三成様……」
「左近」
 ふいに背後から呼びかけられて、飛び上がるように左近は――背後の、輿に乗って浮ぶ大谷に向き直り、背筋を正した。
「三成は何処に」
「はッ! それが、その……」
 左近が逆立てた明るい髪を項垂れさせながら、言葉を濁した。
「天守閣の向こうの隅櫓に……大将首が其処まで後退して、三成様は其処でトドメを刺したんですけど……戻りましょう、て云っても……動いてくれないんです。皆殺しにしたことを悔いているのでしょうか? 確かに半兵衛様は“少しでも数多く降伏する者を豊臣に引き入れるように”って仰いましたけど、あいつらが最後までこちらの誘いに乗らなかったのがいけなかっただけなのに。三成様は、お役目をきちんと果たしたのに……」
 悔しそうに唇を噛み締める少年を、包帯で巻かれた顔の――開けられた隙間から眼で捕らえた後。
 大谷は、長い溜息を吐いて。
「左近。もうよい、ぬしは戻って兵を帰参の為整えや。徳川もそうしておる。石田軍の指揮を任す。往け。あとはわれに任しやれ」
 彼の強い口調に、左近は息を呑んだ後――
「……はい……」
 寂しそうに答え、静かに細い体躯をしゅんッと、滑らせた。
 残ったのは、無数の屍の海と血の匂い。
 大谷はもう一度溜息を吐くと、輿を滑らせて其の先の――夕陽に照らされる、半分以上を三成に破壊され天を仰ぐ櫓に向かい、身を進めた。





 夕焼けの中に。
 其の小供は、立ち尽くしていた。
 途方に暮れて。
 足元に転がる、夕焼けよりも赤い血潮の海、其れを産み出した骸の数々。
 己が手で産み出した赤さの中で、真白の毛色を鬼灯色に染め上げたまま、立ち尽くしていた。
 一瞬、彼が背中に羽織る紫色の羽根が、ふっと本当に白く舞い散った幻を視て、大谷は思わず冠りを振った。
「――三成」
 いつもどうりに、病のせいでしゃがれてしまった声音で、ぼそりと其の名を呼ぶ。
 すると
「……単騎駆けはするな、と、半兵衛様は仰ったのに……」
 己が責めるまでもなく、先に三成がそう呟いたので。
 ほんの少しだけ息を止めると、大谷は
「やれ、相手が悪かっただけのことよ」
 と。
 静かに応えた。
「……半兵衛様は、一兵でも多く豊臣に引き入れよ、と仰ったのに……」
 凍った藤色の羽根の陣羽織を見詰めながら。
 大谷は待った。
 不器用な――たった一人の友の心の吐露を。
「……どうして、出来なかった……?」
 皆殺してしまった、と。
 三成が擦れた声音で微かに首を蠢かし、己の足元に築かれた屍の山を見回した。
「――きゃつらが挑発に乗った、ぬしの激昂の結果がこれよ」
 静かに。
 余りにも静かに、大谷――紀之介は、あの頃と同じように。
 すべてがひとごとでも云うように。
「西の民はやれ、ほんに気性が荒い。追い詰めれば詰める程、虎の如く牙を剥き足掻きやる。三成、ぬしには無理であった。豊臣を、己の命よりも崇め奉るぬしには、きゃつらの態度は耐え難い侮辱であったろ」
 大谷の答えに――
 打ちのめされるように、白い鳥は項垂れた。
 こんなはずではなかったのに、と。
「……家康は、私を止めようとしたのに……」
 その名に。
 大谷の眉間がぴくり、引き攣った。
 ぬしか、と。
 ぬしはいつも、これの心を乱しやる、と。
「そんなにも、あれが云うことが気に掛かるか。半兵衛様の仰ることより」
「――そんな、ことは!!」
 無い、と。
 けれど彼が言葉とは裏腹に瞳を潤ませ、項垂れるので。
 大谷は想う。
 嗚呼、ぬしは何故――何故あの“天道”に惹かれるのか、と。
 われでは足りぬかと。ではどうすればよかろうかと。
 重い沈黙の後――
 ふいに、三成は櫓の中、破壊された窓から射し込む夕陽に向き直り、呟いた。
「半兵衛様は、本当は私を軍師として育てたかったのだ」
 其の言葉に、大谷が下げていた顔を上げて細い白い鳥を眼に捕らえた。
「けれど……私は、軍師には不向きな人間であった。どれだけ訓練しても、感情をうまく押し殺すことができぬ……私は……私には、刑部、お前のような……」
 そこから先の言の葉を紡げぬ――余りにも不器用で真っ直ぐ過ぎる魂に。
 大谷は眩しいひかりを拝むかのように、目を細めた。
 嗚呼、ぬしは昔からそうであった、と。
 真っ直ぐ過ぎて穢れさえ識るコトの出来ぬ、余りにも無防備な魂。
 なれば、“おそろしくはない”と今も傍に寄る事を赦して呉れる君に、己が出来るコトは――
「では」
 大谷が、いつもと変わらぬ調子でさらり。だが、はっきりと声音を高らかに告げた。
「われがぬしの代わりに、沈黙の賢人に続くぬしの――悟性と成ろう」
 其の言葉に、三成がばっと振り返る。
「われが沈黙の賢人に代わる、豊臣の参謀と成らんや。ぬしが道を違える前に、われはぬしの一手を阻み、正す。ぬしは太閤の如く、強きモノとして大太刀を今までどうり振り回しておればよい」

 その白い毛色を、鬼灯色に染めながら。

 大谷――紀之介の言葉に、三成が苔色の大きな眼を夕陽に紅蓮に染め上げながら、見開いた。
「よい。三成よ。悔いるな。ぬしの成すこと、すべてをわれが豊臣のタメと成さんや。ぬしこそが、豊臣の――秀吉様の左腕だ。ぬしは正しい」
 喩え星が、天が否と云おうとも。
 包帯の下に隠された静かなる覚悟――想いに、三成の瞳が潤んでそれから――
 彼は笑んだ。
 血の様な夕陽を背にして、凶王と呼ばれる者は、余りにも無垢に笑んだ。
 それはあの日――幼い頃、「貴殿は、ほんとうに賢しいのだな」と。
 将棋で打ち負かされた、明るい夏の陽射しの大坂城のことのように。
「刑部」
 はっきりと。
 彼は声に出して微笑んだ。
「私の背は、矢張り貴様でなくてはならぬ」


 過ちは人の常、赦すは神の業。


 大谷――紀之介の脳裏に、ふっと昔、なにかの書物で読んだ言の葉が過ぎり。
 そして、彼もククッ、と笑んだ。
「そうよな」
 沈み逝く夕陽と屍の海の中、ふたりの“豊臣の子”は笑んだ。
「間違いない」
 


 やがてふたつの影は静かに踵を返し、己に存在意義を与えたひとたちの居る場所へ帰るため、歩を進めだした。


 此の歩の先が、変わりない血の盤上でも構わない、と。
 あの日ふたり、見詰め合った夏のひかり――見出した繋がりと大切なひとたちを守るタメなら、幾らでもこの大地、血に染めても誰に責める権利があるものか、と。



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ゆみのや

Author:ゆみのや
戦国BASARA3の石田三成にぞっこん一目惚れいたし
こっそり応援し隊所存にございます。

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