BASARAの石田を幸せにし隊。

戦国BASARA3の石田三成をひたすらに応援するこっそり避難ブログ

Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

今来むと いひしばかりに

『いま 帰り来む』の瀬戸内サイド、『今来むと~』ようやく書き上がりました…!
念願のチカナリ。
舞台・瀬戸内響嵐のこにーなりの熱演が、後押ししてくれました。
偉大な先駆者が多いので躊躇しておりましたが、自分なりのしあわせとうち出来てたら…うん…

家三の裏でこんな瀬戸内でしたよってお噺。



     今来むと いひしばかりに 長月の
     有明の月を 待ち出でつるかな


                       素性法師














「――元親殿……!!」
 なんとか止めようとする毛利家家臣たちを引き摺り蹴散らしながら磨き上げられた回廊を本丸御殿まで――本当ならば“主”がいるべき間まで怒涛の勢いで進撃してきたのが――久方振りに見る、逆立つ銀髪に隻眼の、西海の鬼だったので。
 毛利隆元は驚きの余り、母譲りの優しげな大きな二重の瞳を見開いて直垂の裾を鳴らしながら立ち上がった。
「おう、少輔太郎!!」
 そうだった。
 このひとはいつも自分たち兄弟を、幼名(おさなな)で呼んでは、本当の肉親のようにわしゃわしゃと髪を――隆元がそこまで想い巡っている間に、彼は大柄な体躯でずんずんと隆元の傍へ来ると、わしゃわしゃと。あの頃のように、当然のように彼の母親譲りの、真っ直ぐに伸びる黒絹の髪を乱暴に撫で回した。
「――遅くなって悪かったな」
 酷く、優しく。
 鬼が低く潮でしゃがれた声音で自分の頭を撫でながら云うものだから、隆元は「やっと来て呉れた」という想いで胸が詰まり――想わず泪を浮かべながら「……もと、ちか、どの」と、鬼の金赤色の隻眼を泪目で必死に見詰め返した。
「アイツは何処だ?」
 元親の問いに、戸惑う家臣たちを「よい、下がれ」と制しながら隆元は
「はい、山の深い場所に在る庵に。きっと、きっと殿は……」
 
 貴方を待って

其処まで云って思わず嗚咽を洩らして顔を伏せる隆元の肩を――元親はそっと抱き寄せながら
「……遅く、なっちまったな」
 と。
 苦く笑い、今は毛利家を天岩戸に隠れる日輪の代わりに必死で支えていた、若き跡継ぎの背をさすった。






 あれ程までに日輪の光を崇め奉っていたひとが。
 それらを一切拒むように、山全体を要塞化した戦城、吉田郡山城の山の中、本当に“隠れて”しまったことを。
 寵児である隆元はじめ、忠臣達や領民達さえも、息を潜めて不安に顔を曇らせる日々を、元親は風の便りには聴いていた。
 “氷の面”――戦場では兵らの命を駒に喩え、安芸国を護る為になら鬼よりも非情に成った元就ではあったが、其れはひとえに己の家を、土地を、民草を頑なに護らんとする心有ればこそで。
 
「元就様がお隠れになって、まるで安芸は天照様を失ったようです」

 関ヶ原の合戦が終り、敗軍の将として家康の沙汰を待つ身と成った後、ふらり詣でた厳島神社でうら若い巫女が、心から悲しそうに声音を潜ませ、元親に教えてくれたことは。
「“外”の方々は、あの殿様が幼い頃からどんなにさびしい想いをしてきたか知りませぬでしょう。元就様は、今でこそ隆元様たちに恵まれましたが、昔は父君に母君、兄君まで次々と……だから、元就様は厳島の神々に誓われたのです。どうかこの元就に安芸を、中国を平定させ給え、さすれば我、天下を望まず、ただ百万一心にして、この地を命に代えて護り抜かん――先に逝ってしまったものたちの分まで、此の地を身命賭して護り抜かん、と」
 そして、それは領民達が、家臣達が。どれだけ酷使されようとも安芸から離れようとせず、毛利家に尽くしていることが証明している。

「尼子の殿様と、へえ、にらみ合いになった戦がありましたでしょう?あの時はさねえ」

 漁村の翁がしょぼしょぼの目で網を繕いながら、話してくれたこと。
「郡山城にみーんな、へえ。ふもとの村のもん、お侍さまらと同じように籠もったんでさぁ。元就様は誰にでも、分け隔てなく食べ物も水も分けてくださった。そのうち、尼子の攻めが始まると、誰も居ないほうから矢がの。尼子の兵めがけて飛んでくのを、みんな見たそうな。そのうち小供らが、“元就さまが郡山の狐に餅を呉れてやったのを知っているよ”“その狐が、元就さまにお礼をしているんだよ”とか云い出して……へえ、不思議なこともあるもんで」
 とにかく、元就様は氷の面の下に、人の心を隠しておられるんで、と翁は締め括り、「じゃ、わしはこれで。鬼の若子さま」
 と、夕暮れに染まる砂浜を――影のように音も無く家路について、この隻眼からふっと消えたこと。



 そんな安芸の民草たちの噺を想い出しながら、鬼は今、ざんざんと険しい山道を登っている。
 やがて見えてきた――其れは本当に小さく質素な庵だった――安芸の天照が籠もる庵に「……らしくねぇぜ」と。苦く呟き、息を潜めて大きな身体を音もなく進め――扉に手を掛け、一瞬。息を止め隻眼をきつく閉じ、己の心に「間違っていない」と。云い聞かせた。いや、喩え間違っていたのだとしても――もう、既に間違ってしまっている。だから。
「其処に居るのか」
 潮で灼かれて擦れた低い声音で、問い掛けながら、鬼は誰も畏れて開けなかった天岩戸を押し開いた。


 光一寸射さぬような――冷たい闇の中で。
 彼は、質素な羽織一枚と袴だけの姿で真っ直ぐに背筋を伸ばし、正座のまま数珠を絡めた両手を合わせ、羽が震えるほどの微かな声音で一心に念仏を唱えていた。其の前には、血の繋がらぬ育ての母御が遺して呉れた小さな仏像。
 殿は、即身仏にでも成る気やもしれませぬ、と。
 青褪めて云う徳寿丸――隆景の言葉は本当だったな、と。
 元親は小さく舌打ちしながら、のそり、庵の主の返答も待たずに押し入った。
「――元就」
 家の名でなく、諱で呼ばれたことに。
 ぴくり、と細い肩が動いたが、彼は振り返ることはなく、変わらずに一心に念仏を唱え続けて。
 其の――益々細く、薄くなった背中を開け放った入り口から射す淡い陽光で見とめた瞬間、元親の心の枷は、外れた。
 気付いてやれなかった。こんなになるまで。
 嗚呼、全部俺のせい――いや、恋ってのは――
 苦く笑みながら、鬼は想った。
 慶次、恋ってのは好いモンってだけじゃねぇぜ、と。
 こんなにも、すべてを巻き込んで、なのに。
 未だ燃える、この心をじりじり狂わす、惑わす、突き立てる。
「もとなり」
 今一度、しかと声音に出して。鬼は今も憎いを凌駕してなおいとおしいひとの名を呼んで、静かにそのすぐ後ろに座した。
 唱えられていた念仏が静かに途切れて、彼の骨と皮だけになったような細い腕が、合掌から下ろされて。
「――何故、来た」
 低く。
 だがしっかとした声音で、安芸の天照は氷のように微動だにせず、鬼に背中を向けたままで問うた。
「もう、凡て終った筈」
 元就の言葉に、元親は押し殺した声音で答えた。
「何が“終った”、だ」
 少輔太郎たちにあんな顔させやがって、と鬼はいとおしい薄い背中を睨みつけながら。
「むしろこれから、だろ。天下は家康が獲った。アイツは、太平の世を希んでる。だからこそ、中国はこれからも毛利が治めなきゃなんねェ」
 その言葉に、酷く、ゆっくりと。
 黄泉の国の住人の如くにまでこけた頬を晒しながら――想う人が、氷の面のまま振り返ったので。
 元親は迷うことなく――嗚呼、やっと迷うことなく――いとおしい己の日輪を、抱き寄せて抱き締めた。
 小さな頭を、冷たい背中を。
 きつく、だが用心深く抱き締めて――鬼は「もとなり」と。
 憎しみと愛しさでごったまぜになった心で、想い人の名を呼んで、抱き締めた。
「何故」
 されるまま――いや、もう抗う力さえ残ってはいない――元就は、久方に嗅ぐ潮の香りに、すん、と鼻を鳴らした。
「……関ヶ原で知ったであろう。我が貴様に成したこと。我は貴様を弄んだ。利用して、この手に天下を、と厳島の神々との誓いを違えたのだ。其の結果が今よ」
 そこまで一気に云うと、ぜぇぜぇ、と。
 元就が肩で荒く息を吐きながら己の胸の中で苦しそうに崩れ落ちたので、元親は慌てて「大丈夫か」と、其の背をゆっくりと、大きな掌で擦ってやった。
「……」
 眉間に深く皺を寄せながら、元就が血の気のまったく通わぬ蒼い顔に冷たい汗を玉のように浮かべながら「……い、きが、でき、ぬ」と、か細く啼いたので。
 元親は幼子を宥めるように「ゆっくり、な?」と低く囁いて、大きな掌で骨と皮だけになってしまった元就の薄い背中を必死で温めるよう、撫でた。
「もとなり」
 もう一度低く、やわく彼の名を呼びながら、鬼は滑るように彼の瞼、それから額にくちづけて、しかと細い体躯を抱き寄せて、あたためようとした。
「もとなり」
 微かな笑みが、今度は交じった。
 鬼は笑みながら、彼の鶯の色が混じった明るい色の髪に、何度も何度もくちびるを落としながら、頼りない細い身体をゆっくりとあたためた。
「……すまなかった……」
 こんなになるまで、ほっといて。
 続かれた詫びの言の葉に、元就はもう諦めたように全身を元親の体温に委ねながら、「莫迦め」と、ほう、と溜息をひとつ。
「我を殺せ」
「なんで」
「貴様の愛するモノを蹂躙した仇ぞ」
 冷たい事実を吐く言葉とは裏腹に、うっとりとさえして、元就は元親の厚い胸板に、さらり、髪を摺り寄せた。
「貴様を利用し、泳がせ踊らせ、最後は消そうとした――そう、一度は此の心」

 晒した相手に

 元就の擦れた告白に、元親の隻眼が見開かれた。
「――もとちか」
 いとおしや。
 確かに彼はそう云って、力ない腕を上げて、凍りつく鬼の頬を何度も撫でた。
「あの日、貴様は我が氷の面を溶かして、此の胸に触れた。涙はもう干からびた、と想っていた此の身を濡らしてみせた。ほんのひととき、それでも我にとって、貴様の温もりがどれ程に救いのように沁みたか、貴様は分かっておったのか?」
 一気に告げられた謀神の赤裸々な想いに、鬼はただひとつだけの眼を見開いて、息を止めるしか出来なくて。
「……好きだったぞ」
 そして、天照は笑んだ。
 死の淵に佇みながらも、確かに。
 もう、なにも怖くない、怖くはないと――凍れる壁を自ら溶かして。
「西海の鬼よ。貴様が我を初めて抱き締めた夜を、我は決して忘れぬ」
 死んでも、死してからも、何度生まれ変わっても。
「――好きだったぞ」
 そしてまた、彼が泪ひとすじ、流しながら笑むので。
「もとなり」
 逝くな、と。
 鬼は幼子のように必死に。
「……だから、貴様が自由な鳥と分かっていても、赦せなかった……一度抱いたら、手に入れたと分かったらそれまでか、と。好き勝手自由に飛び回る貴様を、我は憎み妬んだ。我は、中国の日輪でなくてはならぬ。此処から離れることなど、でき、ぬ、から」
 ひゅーひゅー、と。
 骨と皮だけになった背中を酷く上下させながら、「もういい、分かった」と、元親にきつく抱き締められながら、それでも彼は告げた。
「我を殺せ。それでよい。この腕で縊り殺せ。今。そしたらせめて、貴様の記憶の何処かで生き続けられる気がするから」
「……馬鹿ッッ……云うんじゃ、ねぇ、よ……ッッ……!!」
 あんたらしくねぇ、と憤りながら、元親は喉を泪で詰まらせた。
「なあ、少輔太郎たちをあんな顔させたまま逝っちまったら、それこそあんたが自分を殺してまで築き上げてきた安芸の、中国の安泰はどうなる? あんたの部下に民草だって、なんだかんだ云ってあんたのこと、心底頼りにしてんだ。あんたが命を懸けて此の地を護ってきたからだろうが…ッッ…あんたは、あんたは」

 生きて、此の地のこれからの本当の安泰を見守り護らなきゃならない。
 
 元親の必死の言葉に、元就が目を瞠って、己を抱き締めるひとの顔を覗き込んだ。
「……そして、笑ってて欲しいんだ」
 鬼の掠れる懇願に、安芸の天照は息を止めて、震える眼から泪を零しながら。
「もういい、全部終った。そうだな、終ったんだな。でもな、元就。俺はあんたに逝って欲しくない。終ったからこそ、もう“氷の面”、なんて渾名被っている必要ねぇんだ。なあ、笑ってて呉れよ。あんたが笑う顔、俺はすげぇ好きだ。蒲公英みたいに急にまるくなるの、俺は知ってる。俺はもう何処にも行かない。あんたに殺されかけて分かっちまったんだ。ああ、あんたにあんなことさせられるくらいには、俺はあんたに想われて――」
 そして、一度息を止めて。深く吐いて。
 彼は想い人の鶯の色を潜ませる明るい茶色の眼をしっかと、赤金色の隻眼で覗き込みながら囁いた。
「もう、あんたを離さないし、離せねぇから」
 そう云って己をきつく抱き締めた彼の温度に、匂いに、元就は息を止めて。それからゆっくりと――彼の耳の後ろ、逆立つ銀髪を撫でて、囁いた。
「……やっと、帰って、来た」
 擦れた声音で――彼は囁いた。
 其の白く細い面に、余りにもやわらかな微笑を浮かべながら。蒲公英のような。
 振り絞るように細い手首を上げて、己を掻き抱く鬼の太陽に灼けた髪に――細い指を、ゆっくりと絡ませて――何度も、確かめるように。
「……もとちか……」
 もとちか、と。
 ただ、ただそう云いながら泪を流すひとに、鬼の心も焼き切れたように、彼の小さな頭を、明るい茶色の髪を掻き抱いて泪を浮かべる瞳に強くくちづけて、共に泣いた。
「――もとなり」
 すまなかった。
「あんたを……ッッ……手に入れたつもりで、分かったつもりで、俺ァなんてコトを……ッッ……!!」
そう云って、酷く真剣な――覚悟を秘めた、金赤色の片目で。
 貫くように想い人を抱き締めながら、鬼は告げた。

 どうせ、俺も鬼だからよ。

「罪も穢れも、今更だ。俺の大切なモノを踏み躙り奪ったあんたと一緒に、地獄に堕ちる」
 元就の切れ長の瞳がこれでもか、と見開かれ――そして彼は問うた。
「我を赦せるか?」
「いいや」
「我が憎かろう」
「ああ」
「貴様の愛する者たちの命を、虫けらのように奪った男ぞ」
「ああ」
「貴様を生き地獄に突き落としたのは、我ぞ」
「分かってる。それでも――あんたが好きだ」
 分かっちまった、と。
 低く潮で灼かれた声音で、喉仏を震わしながら。
 鬼は答えた。
「俺ァ、あんたが好きだ」
 こんなことになってしまった、今でさえ。
「もとなり」
 そして鬼は、佳人の薄い唇を喰らったので。
 彼は痩せ細った腕を抱き締めてくるひとの首に絡めて、ふたりは乱れた。
 何度も咬み合って舌を絡ませ息を荒げて衣擦れの音が、淡い陽光の差し込む庵に響いて。
 息が尽きる程に睦みあったあと、顔を離してお互い、射抜くように見詰めあった。それだけで充分だった。
「すまなかった」
 鬼の震える囁きに、日輪の申し子は「よい」と擦れた声音で応えて、己でも信じられない程の穏かな笑みを浮かべて逞しい胸に頬を摺り寄せた。
 そしてこの瞬間が約束されていたかのように、鬼は安芸の地に隠れていた天照らす日輪の子を抱き上げて、冷たく暗い岩戸から連れ出した。



 西海の鬼が単身、毛利家宗主の籠もる庵に乗り込んだ後――あまりにも静かに数刻が過ぎた。
 庵のほうに近い城の二の丸の端に立ち、隆元は暮れて沈みゆく日輪に両手を合わせ念仏を唱えた後、ふたりが居るであろう庵のある杜のほうを見詰めていたが――
「……と、の……?」
 大柄な見慣れた人の影が、横抱きに抱える細いひとが――
 はっきりと、己の瞳に見えたので。
「――元就様っっ!!」
 慌てて駆け出す隆元の声に、息を潜めて様子を窺っていた弟たちも慌てて襖を開けて部屋から飛び出してきて。
 やがてざんざんと近付いてきた元親の腕の中、横抱きに丁寧に抱えられていた元就が――ゆっくりと顔を上げ、
「……隆元」
 と。
 うっすらと細い目を開けて己のほうに腕を伸ばしたので、隆元は弾ける様に元就のほうへ寄って、「殿……!!」と、冷たい彼の手を両手で握り締め、泣いた。
「殿、本当に、本当に……!」
 よかった、と云って泪をほろほろと零しながら己の手を握り締めてくる子に、元就は決して他の者には見せぬ温かな眼差しを注いだ。
「よう、耐えた」
 其の言葉に、隆元は一瞬息を止めて元親に抱かれたままの元就を見詰めた後――
「……ッッ……!!……」
 もう何も云えなくて、ただただ頭を縦に振った。
 其の様子を元親も目を細めて見詰めた後、「少輔太郎、医者を呼んで呉れるか?」と云うので、「は、はい!」と。泪をごしごしとてのひらで拭うと、若き毛利家の跡継ぎは「たれかある!殿が、元就様が戻られたぞ!!」と背後に控える弟たちと家臣達を安堵させるような明るい笑みで声を張り上げた。



 それから数日、絶対安静を医者から告げられた元就ではあったが、暫くすると枕元にあぐらをかく元親に「餅が喰いたい」とあっけらかんと云うまでに回復した。
「あんたなぁ。何週間絶食してたんだよ?云われてるだろうが、臓腑が喰いモンをうけつけられるようになるまで、まだ大分かかるって」
「黙れ。貴様に命ぜられる謂れなどない。たれか、餅と茶を持て」
 主と四国宗主のやりとりを、はらはらしつつ――だが安堵の笑みで眺めながら、隆元は「殿は元親殿が居られることが、きっとなによりの薬なのです」と、そっと元親に耳打ちするので。
 元親は肩を竦めながら、「どうだか」と隻眼を細めながらも、まんざらではない、という笑みを男らしい太い線の顔に浮かべて――それからも当たり前のように、吉田郡山城に居続けた。





「貴様、いつになったら四国へ帰るのだ」
 元就が庵を出て月が満ち欠けを一周済ませる頃。
 いつものように細く白い面を微動だにさせず、己の床の間に居座る鬼に問うた。
「あ?」
 だが、間の抜けたような声しか返ってこなかったことに、元就は半身だけ床から起こしたまま、月明かりで淡く染まる床の間に「はあ」と大仰な溜息を響かせた。
「いい加減にしろ。幾ら天下分け目の合戦が終ったとはいえ、宗主がいつまで国を空けておるつもりだ。我のことならもうよい、普通に喰えるようになった」
 だが元親は
「ああ、よかった」
 と、満足そうに笑んで頷いたまま、肝心の答えは濁したままで。
「――長曾我部」
 もうひとつ、大きく溜息を吐いた後。
 元就は少し困ったような――哀しいような不思議な表情で、いつものように淡々と続けた。
「帰れ。もうよい、我はもう、隠れたりはせぬ。毛利の宗主として、安芸の主として、もう二度と厳島の神々との誓いを違えたりはせぬ。此処に――」

 生き続けるから

 その言の葉に――鬼は「ああ」と。
 満足そうにくしゃり、本当に嬉しそうに小供のように笑んで。
 だが、動かない。
「……帰れ」
「いや、帰えらねぇ」
 
 もう少し、此処に居るわ。
 
 笑みながらも、それは何処か不安を潜ませた――幼子のように。
 元親の我が侭に、元就は呆れた、と云うように細い顎を上げたあと――諦めたように視線を彷徨わせ――ふいに両目を閉じて長い睫を震わせて、す、と元親のほうに面を向けて、
「我を抱け」
 と。凍れる美貌を月の光に浮ばせながら、告げた。
 少し呆気にとられた後――元親は柔らかく笑んで、床の上に身体を進め、彼の細い身体を己の膝の上に抱き寄せて何度も背中を擦り髪にくちづけてきたが。
 其の先に進もうとしないので、元就が頭を抱き寄せる彼の腕をぱしり、と払って
「違う」
 と。何時ものように抑揚のない声音で云った。
「抱けと云っている」
 凍りついたような無表情――だが、其れは彼が本心を晒した時の、張り詰めた時のモノだと元親は知っていたので、困ったように黒い眉を潜めて「もとなり?」と、彼の顔を覗き込んだ。
「矢張り抱けぬか」
 お前の愛しい者たち、土地を奪った男など。
 其の言葉に、元親は心底、なんて素直でない――と困ったように嘆息した後。
「あのな」
 ぎう、と。元就が息を詰まらして不機嫌に己の頬を押し戻そうとするのも構わずに、頬を摺り寄せながら、元親は続けた。
「あんたを抱きたいのは山々なんだがよ、歯止めが利かずにあんたの骨へし折っちまいそうで怖いんだよ」
 こんなに痩せちまって、と。
 諌めるように彼の髪を撫でながら、元親は続けた。
「もう少し、喰って身体が本調子になったらな。幾らでも抱いてやるから――」
 今はこれで我慢しな、と。
 鬼は続けて少し乱暴に、彼のくちびるを喰らった。
 暫くあまくくちびるを咬み合って、舌は入れずにやわらかな感触だけをまるでおさなごが飴を舐めるようにしながら、遊ぶように交わした後。
 ふいに元親が元就の首筋に、犬歯を立てて噛み付いた。
「……あ……っ」
 思わず仰け反りながら、元就の鶯を潜ませる明るい色の瞳が見開かれれば、酷く強く力が加わって、痛いくらいに噛み付かれることが――身を震わせた。
「……った……!」
 痛い、と元就が低く囁けば、鬼は口元にニヤリ、と意地悪い笑みを浮かべて、本当に皮を喰い破る程に力を加えて――本当に首筋に血が滲んだので、元就は其の痛みが酷く官能的なことに全身を打ち震わせて「ああ……ッ」と悲鳴を上げた。
「痛い……」
 啼くように彼が云えば、鬼は滲んだ血を舌でゆっくりと舐め上げてみせたので、それだけで己の下半身に熱が溜まって硬くさえなってしまっていることに、元就は恥じ入るように必死で身を剥がそうとしたが。
 次の瞬間には褥に押し倒されて、優しく太腿を撫でられて、硬くなったモノを握られていいようにされたので、「いやだ」と思わず身を捩じらせたが「抱けって云ったのはどっちだよ」と擦れた声音が耳元で響くので「もう、よ、せ」と元就は耳まで紅くしてさらり、と明るい色の髪を鳴らして顔を必死で伏せた。
「――なあ」
 
 やっぱり、堪えられねぇや

 耳元で潮で擦れた声音で囁かれて、元就は跳ね上がるように身を硬くして、己を見下ろしている鬼の顔を見上げた。
「なるべく、優しくするからよ」
 いいか?
 問われて、

「――やわく」

 吐息の如く微かに吐かれた許しに、鬼はニヤリと口の端を上げて、細い日輪の申し子を掻き抱いて薄い寝間着をするりと剥がした。



 酷く静かにゆっくりと、息を詰めるように短く――だが強く交わされた熱だった。
 座ったままで、器用に彼は彼の小柄な身体を己の膝に抱え込んで、貫いて静かに揺さぶって、用心深く息を合わせた。
 あんまり優しくて微かに交わされることに、こんな風に出来たのか、と元就は元親の項に顔を埋めながら酷く静かな気持ちで溜息を吐いた。
 短く、だが確かに終わらせた後――「大丈夫か?」と。
 元親はそっと、放心してくったりと力の入らない身体の想い人を褥に横たえて、労るように其の頬を何度も撫でた。
「……ん」
 肩で荒く息を吐きながら、火照った細い身体を落ち着かせようと長い瞼を振るわせるひとの様に、改めて想う。
「やっぱり、怖いくらいに綺麗だなァ」
 其の呟きに、元就が不思議そうに長い睫をぱさぱさ鳴らしながら彼を見上げると。
 元親は苦くクク、と哂いながら
「あんたよぅ、やっぱり背筋が凍るくらい綺麗な顔してるわ」
 初めて見た時から想ってたんだけどよ、と。
 告げられたので、思わず元就はふふ、と。
 明るい茶色の髪を揺らしながら笑った。
 細い面に美しく一筆で描かれたような、切れ長の瞳を伏せて。
「我の?」
 顔の、何処が好いのやら。
 少し首を傾けながら元就が流すような視線で探れば、元親は彼の細い顎に指をかけて己の方へ上げさせながら、満足そうに隻眼を細めた。
「雪みたいに白くて、絵巻物に描いたみたいに整った目鼻立ちのうえ、浮かべる表情全部、絵巻物みたいに綺麗なんだよなぁ」
 ツクリモノみたいによ、と。
 鬼は囁いてか細いひとを心からのいたわりを込めて温めるように抱き締めた。
「最初は氷で出来た太陽みたいだ、って近寄り難かったんだけどよ」


   あんた、氷で出来た太陽みてェだな


 ふいに――元就の脳裏に、初めて刃を交わした遠い、だがあまりにも鮮やかな想い出が甦った。
 巨大な錨をそのまま武器に仕立てた四国の鬼若子は、海原のような青い隻眼を見開いて――そう云ったのだ、と。


   天照様みたいに眩しいのに、氷みたいに冷たい顔してやがる


 云われた瞬間、己の渇いた胸に、何か。
 遠い昔に葬り去ったと想っていた感情が、波のように押し寄せたことを。


   黙れ、鬼が


 ムキになったのは、きっと――この胸の内を云い当てられたからだ、と。
 褥に横たわり、ふたり足を絡めて溶けあう程近くに来て今、そう想う。
「近寄り難い、と云いながら、此処まで」
 触れたのか、と。
 元就が小供のように彼の厚い胸板に頭を摺り寄せてきたので、摺り寄せられたほうは
「そう」
 と。擦れた低い、艶を含んだ声で応えながら、己の腕の中にあるひとの背を撫でた。
「赦せよ。俺の炎であんたが溶けてしまうかもしれないって怖かったけどよ、それでも」

 触れたかった

「理由なんて、今更だろ」
 告げられて、胸の内。
 それは幾多の命のやりとりも、踏み躙った想いも、開いて見せた身体の奥も、過去も今もすべて飛び越えてしまったところで。
 それでも離せずこうしている。
 それがすべて。
「――今更よ」
 な、と。
 凍える太陽は今は、己を捕らえてみせた熱に溶けるまま、生まれてから初めてかもしれないとさえ想いながら、安らぎを覚えるままに少し震えて、ほんの少し泣いた後――
「好きだぞ」
 と。鬼に囁いて、驚く彼を置いて静かに眠りに沈んだ。



Comment

Comment_form

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

ご案内

プロフィール

ゆみのや

Author:ゆみのや
戦国BASARA3の石田三成にぞっこん一目惚れいたし
こっそり応援し隊所存にございます。

最新記事

最新トラックバック

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。