BASARAの石田を幸せにし隊。

戦国BASARA3の石田三成をひたすらに応援するこっそり避難ブログ

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積みて恋ふらく Ⅴ

お待たせ致しました、一ヶ月半に渡りわき目もふらず突っ走った
ドマイナーCP

松永×三好長兄

昔噺、『積みて恋ふらく』これにて了。
こっちに持ってくるのが遅くてすいませんでした;;

ぴくしぶでは書いてなかったけど、
東京エスムジカの『Cahaya』とかも聴きながらバシバシキーボード叩いてました。

これは純粋に“恋”の噺だったなーと。
でも、長逸が姫ではまた全然違ってしまうので
やっぱりコレはびーえるというか、衆道というか

男のひとどうし特有の切なさを表すことを、目標としてました。
そいういう噺。
家三は、お互い若いから切なさと“激情”が入ってきてるんだ、と
ちょっと客観的に見れるようになった気がします。
他のCPもいろいろ書いて見たいし、出来るかも、と思えました。





石山本願寺の無残に焼き討たれた黒焦げの仏塔の天辺に、その少年は猿のように身軽に身を立たせ、額に手を翳し北方に向って目を凝らしていた。
「ん~…」
暫し少年が幼い声を低くして唸っていると、いつの間にか其の下に、黒紅の地に鮮やかな紅緋の炎と蝶を彩った着物を纏った――焼き討たれた戦場に場違いな――女が白い面に困ったような表情を浮かべて「蘭丸君」と、少年の名を呼んだ。
「危ないわよ、何をしているの」
「あっ濃姫様!うーん、こっからなら、信長様が狙ってる京の都が見えるカナーって!」
「まあ」
無邪気な小供の言葉に、濃姫と呼ばれた女がくすくすと、美しい紅をひいた唇で笑った。
「そのうち嫌でも見るのだから、下りてらっしゃいな。先程間者からいい報告があったのよ」
濃姫の言葉に、「えっ!」と蘭丸は驚いてたん、たんと器用に焼け焦げた仏塔を駆け下りた。
「えっ、それってどんな?」
少年の、ひっつめた前髪の下のまあるい額を可愛らしい、と目を細めて見詰めながら、濃姫が答えた。
「ええ、室町幕府将軍、足利義輝が三好三人衆との抗争で討たれたのはもう話したわね。それから、上総介様の御見立てどうり…三好三人衆と、家臣の松永久秀の間で内紛が始まったらしいの。ふふ、機内を圧する三好勢、どうしたものかと案じていたけれど…どうやら内輪もめで自滅してくれるかもね」
「へー!あっでもそしたら蘭丸の活躍する場が減っちゃうなぁ。ちぇっ、また手柄を立てて信長様から金平糖、貰おうって思ってたのに」
ぷう、と頬を膨らます小供を目を細めて見詰めながらも、濃姫は心中で「なんと恐ろしい子だこと」と、改めて思っていた。こんな小さな身体で強弓を自在に操り、“魔王の子”と戦場で恐れられる子。
「ふふ、上洛が果たされた後も戦わねばならない相手はいっぱいいるわよ。さ、いきましょう。こんなところにもう用はないわ」
「はぁい、濃姫様」
でも、やっぱり可愛らしいわ。
心の中で「この子が私の産んだ子であったくれたなら」と、ほんの少し寂しく想いながら――濃姫は美しい着物の裾を靡かせながら、夫の焼き討った仏閣の後を軽やかな足取りで後にした。







既に勝竜寺城が陥落し、淀城、越水城、滝山城と、三好が京を制するに要する拠点がいとも簡単に陥とされていくのを、三好三人衆は呆然と受け入れるしかなかった。
南蛮渡来の火縄銃を繰る、最新鋭の軍備を備えた――それ以上に、織田信長という男は、其の存在自体が時代の風雲児――容赦なく逆らうモノは蹂躪する――まさに“魔王”であった。
公方討ちの戦いで幾らかの将を失い、そして大きな後ろ盾であった松永軍が動かぬ今。三好勢は余りにも脆弱になっていた。
使い番から慌しく伝えられる敗戦の報せを凍った面で聞くしか出来ぬ己の無力さに、打ちひしがれながら。三好長逸はもう、この命で皆が救われるなら何時でも腹を切れるものを、とさえ思っていた。公方討ちの際、必死に御家の為に命を投げ打った家臣ら一族を。このまま織田のいいように蹂躙されるのだろうか。と。
「オレが信長の首を」といきり立つ双弟を必死に留める末弟の様、敗戦濃厚となる雰囲気にうな垂れる家臣らを只、眺めるしかない己の無力さに。
そして。
此の期に及んで――未だ。
其の人を待っている己の心に、長逸は只、凍りついた面を俯けるしかなかった。



戦城と化した飯岡城を、鬱陶しい霧雨があの日のように包み込む中。
じわじわと戦線を押し上げてくる織田軍の動向を報せられた後、真っ蒼になっている兄を案じて、末弟の友通が「横になるだけでもなってきてくれ。今此処で兄者が倒れでもしたら、松永方に寝返る者が出るやもしれぬ」と、厳しい顔で云った。


松永方に寝返る――


弟の何気なしのようで、鋭い現実の言葉に。
長逸はもう何の感情も沸いてこない、と不思議に冷たい頭で思いながら、雨に濡れる庭を横目に床の間へと烏帽子に戦装束の出で立ちで、ひとり歩く。
既に畠山、遊佐、安見ら河内勢力は、松永の甘言により三好を見限って日和見を決め込んでいる。
織田勢は「服従か、さもなくば滅するか」の二択のみを、家臣・明智光秀を使い番として寄越し伝えてきた。
蛇のような銀色の冷たい眼をしたその男は、
「よくよく考えなくとも、お分かりになりましょう。信長公は御気が短い…一日も早い降伏をお薦め致します」
と、玲瓏な声音で云ったあと、背筋の凍るような残忍な笑みを浮かべた。
あんな手下がごろごろいるのだろうな。
第六天魔王、との仇名は虚勢ではないらしい。
長逸の脳裏に、「三好の天下なぞ三日続くかどうかよ」と嘲笑った――公方の暗い笑みが横切った時。
「…終わるの、か…」
思わず声に出して、辿り着いた自室の畳に座り込んだ時だった。

はっとして息を止めた目線の先に――

其のおんなは、柿渋色の忍装束を纏いまるで人形か何かのように、部屋の窓側に近いほうの隅に片膝をついて居た。
「――ッく」
曲者、と長逸が声を上げようとした時、おんなの眼だけがすっと動いて長逸に向って「松永弾正久秀様に仕える草に御座います」と。雨音と同じくらいの微かさで云ったので、長逸の息がふたたび止まって「な、に」と。青年は瞳を見開いて目の前の“草”――くのいちの言葉を待った。
「御無礼を何卒お許しくださいませ」
彼女は目礼をすると、さっと背に負っていた――麻袋から、豪奢な銀朱の地の羅紗の包みを取り出して音も無く長逸の前に差し出した。
「…これは?」
長逸もまた。出来る限り息を殺して彼女に問うた。
「久秀様より、長逸様へ」
は、と息を吐きながら、長逸が恐る恐る――朱色の紐を解いて、中に納めれらたモノを取り出した瞬間――
「…まさか…」
現れた宝刀に長逸は双眸を見開き、しゃり、と僅かに刀身を滑らせて鞘から出し、鏡のような透明さ、そして柄に刻まれた銘を確かめた後――
「…鬼丸、国綱…!?」
と。宝刀の名を震える声音で発した。
「左様にございまする」
くのいちが抑揚の無い声音で、人形のように動かないまま答えた。
「殿が先の公方討伐の折、手に入れたモノ。必ず長逸様にお渡しせよと」

――どうか、伝説のように、君が身を護らんことを――

込められた想いに、長逸は胸が煮え返るように熱くなり――ソレは切なさと憎しみがごった混ぜになった――込上げる感情のまま、叫び泣いた。
「こんなモノ、要らない」
贈られた刀を胸に抱いて――身体を折り、長い黒髪を振り乱して。
青年は泣いた。
「こんなモノは要らぬ」
嗚呼、とまるで――おさなごのように泣き崩れる長逸に、くのいちは初めて目を見開いて微かに身を動かし――流れる黒髪がまるで絵巻のように美しい青年の嗚咽を聞いた。
「俺が、俺が欲しいのは…」
嗚呼、と。
握り締めた拳で畳を掻き毟りながら、初めて声に出した。渇くように希んでいる――今、はっきりと分かった想いを。
「どうして、どうして来て呉れない」
嗚呼、と。突っ伏して、雨音が己の泣声をどうか掻き消してくれていますように、いや、もうどうでもいいと。
長逸は叫んだ。
「俺が欲しいのは、こんなモノではない、貴方、貴方を…」

此処に来て
其の腕で 手で
抱き締めて云って欲しい

「…こんなモノ、今更贈るくらいなら…!!」

どうして
あの日

「…殺さなかった…」

どうして あの日
此の手を取って 絡めて
囁いたのか あんなことを
今も胸を衝く 低く甘い響き
注がれた 琥珀色の眼差し

「……弾正殿……」

肩を震わせ、何時までそうして泣いていただろう。
やがて青年は静かに身を起こすと、陶器のように白い肌に伝う涙を長い指でぱっと散らして、息を潜めて控えるくのいちに声をかけた。
「文をしたためる」
酷く冷たい、抑揚の無い声音で。
彼はそういうと踵を返し、部屋の奥へと身を隠して暫くした後、美しく折り畳まれた白い文を油紙に包んでくのいちに差し出した。
「コレを、松永弾正殿に渡して呉れ」
酷く気だるく、今にも倒れてしまいそうな若者の様子に戸惑うくのいちであったが、彼の瞳に込められた深い恋慕――酷く渇いて、今にも消えてしまいそうな――想いを察し、彼女は「しかと」と答えると、素早く文を懐に仕舞い、あっという間も無く影となり消え失せた。
取り残された長逸は放心して何時までも、何時までもしとしとと鬱陶しく城を包む雨脚の中――長い睫を伏せて、無言のまま、涙を零し続けていた。
贈られた宝刀は、美しい羅紗の包みの上、無造作に彼の足元に転がったままだった。





その日の陽が落ちる頃、文は松永のもとへと届けられた。
久方に見とめる青年の筆跡に――微かに心動く己に、男は「何を」と己で己を嘲笑った。
計算づくだった筈だ。
足利義輝と三好家を総力戦で対決させ、弱ったところを織田信長に一掃させる。
畿内から綺麗さっぱり三好主家を葬り去れば、残った阿波国の残党は最近めきめきと勢力を伸ばしている長曾我部に呑まれるだろう。
そうして、味方に抱え込んだ西側の連中と共に――
だが。
どうしても、諦めきれぬモノがある。
だから、最後の――彼の心を崩し、家を、兄弟を、凡てを捨てさせ陥落させる手段として、何か。贈らねばと思案して、筆を取った時。
何も書けない己が居た。
何を綴ろうとも、どんな甘言を重ねても。
そう、飽いて諦めさっさと見殺しにするのが早いだろう、弾正、と。
己で己を嘲笑ってみても、諦めきれずに筆を取った心は、最早言の葉では表せないことを悟り、こんな齢になって。と、苦く笑みながら――あの宝刀を選んだのだった。
主の為に鬼を斬り伏せ護ったと云う、伝説を持つほどの逸品を。
ソレを手にして、彼は一体どんな返答を己に寄越してきたのだろう――
そこまで考えて、ふいに。控えたままの腹心のくのいちに、怪訝に「どうした。もうよい、下がれ」と云ったが。彼女は「畏れながら。長逸様からしかと託されたので。殿が目を御通しするまでは」と、いつものように抑揚のない――だが、強い口調で答えた。
「……そうか」
自分が未だ長慶の乳父であった頃から抱えていた忍であった。
故に信も置いているし、彼女の“女”特有の勘の鋭さ、助言に幾度か窮地を救われたこともあり、松永も何かまだ、あるのだな。と察した。
だが、どうやらソレはまず文を読んでから、ということか。
ばさり、と。
松永は畳まれた上質な紙の束を優雅な仕草で打ち鳴らして広げ、目を走らせた。
前置きは一切なく。
そのことにまず男の眼が見開かれ――続く細く、だが激しく乱れた筆跡の綴ることに。
男は息をすることを忘れて見入った。



   たくさんの贈り物よりも。
   私は貴方の顔が見たいのです。
   自分でも分かりません、この胸の内の想いを何と名づけたらいいのか。
   貴方の呉れる贈り物がどれ程見事で美しくとも
   貴方の眼差しを、私は欲しているのです。
   この気持ちを、何と名づければいいのでしょう。
   贈り物から立ち上る貴方の香を嗅げば、
   ただ胸が詰まり、涙が勝手に溢れます。
   貴方は私を一体どうしたいのでしょう。
   私は貴方に一体どうして欲しいのでしょう。
   貴方から贈られた宝刀を手にしても、溢れるのは涙で、
   私は、只、逢いたいと
   どうしようもなく、涙を零しながら、この文を書いています。



読み終わると、松永は己でも――信じられらない表情をしている己に微かに――驚きながら。暫し、石の様に動じずにいたので、控えるくのいちが――口を開いた。
「泣いておられました」
其の言葉に、はっと松永が彼女のほうへ顔を向けた。
暗い黄昏時の中、表情も解らなかったが――彼女は、淡々と――己が確かに見た、若者の恋慕に乱れる様を、主に伝えた。
「“こんなモノは要らぬ”、と泣いておられました」
「……」
沈黙の内、松永の瞳にははっきりと其の様が浮んだ。
美しい長い黒髪を乱して、君はきっと――
「“貴方を”と、泣いておられました」
其の言葉に。
松永もまた。己がそうしたい衝動に駆られているのだ、と。
瞳をきつく閉じて、泣いているひとを想った。
嗚呼、近くに行きたいと。傍に行き、其の細い腕をたぐって抱き寄せて、何も案ずることは無いと云いたいと。
この腕に。君を抱きたいと。
「たれかある」
そう云うと、彼は文を綺麗に折り畳み、文机に乗せた。
「はっ」
現れた小姓に「馬を用意しておけ。出掛ける」と伝えると、さっと立ち上がり庭へ向い、其処にある清水を湛える井戸で、身を清めると――長逸が「多聞山城の如き色彩」と微笑んで愛でた、甲冑と羽織を纏って髷を整えた。








何時の間に、止んだのだろう。
雨音のしなくなったことに気付き、夜闇の中、灯火のもと陣図を睨みつけていた長逸が、誘われるように庭に出てみれば。頭上には、煌々と満月が散り散りの雲に見え隠れしながら光っていて。
は、と其の明るさに目を細め、長逸が一歩、二歩と身を進めた時。
庭の奥、丁度月影で闇に伏された場所に――信じられないことに。
あんなにも希ったひとが、美しい彫像のように立っていた。
まさか。
青年は身体を凍りつかせたまま、あんまりも希んでしまっていたから、とうとう、俺は幻を見るまでになってしまったのか、と混乱したが。
目の前の――あの日、霧雨の降る中で見たままの、多聞山城の如き色合いの陣羽織と甲冑を纏った松永久秀は――微かに笑んで、一歩だけ青年のほうへと歩み寄った。
「――卿の文を、受け取ったよ」
久方に聴く松永の言葉に、長逸の息が止まった。
「だから、来たのだ」
そう云いながら、松永は手を差し出した。あの日のように。
「どれだけの宝を贈っても、卿が希むのが、我が身ならば」
交わされる視線にどれ程の艶と恋慕があろうや。
若き三好の筆頭と、年寄り、と云われる程の男は互いの視線をただひたすらに注いだ。
「私もだ。どれ程の宝物よりも、今、卿の眼差しを欲しよう」
其の顔に、何時もの張り付いたような笑みは無かった。
冷たい程に美しく整った頬が引き締まり、男は手を――千切れるように長逸へと差し伸べて、云った。低く、頭を痺れ刺すような、其れはなんて甘美な。
「長逸殿」
名を呼ばれ、長逸のくちびるが微かに震え潤んだ瞳が月光に煌いた。
「私の元へ来ては呉れないか」
其の言の葉に、長逸の身が一歩、進んだ。
瞳を潤ませながら、今にも零れ落ちそうな涙を湛えながら。
「…弾正、殿」
右手で胸元の漫智羅を握り締めながら。必死に耐える。
いけない、ダメだ、いけないのだ。
俺は、俺には三好家を――
だが、理性とは裏腹に心は余りにも正直に動く。
行きたい。
嗚呼、其の胸に抱かれたなら。
どれ程の安らぎと温かさを感じられるのだろうか。
そして悟った。
嗚呼、俺は貴方を――
「――未だ、卿の心の内へは上げては呉れぬか」
松永の擦れた声音に、長逸が「嗚呼」と思わず手を伸ばした時――

「――兄者?」

政康の声が響いて、はっとそちらへ気をとられた瞬間、長逸の意識は途絶えた。
回廊を曲がって双兄が居る筈の場所へ政康が辿り着いた時、其処にはもう誰も居なくて。
「…兄者?」
政康は怪訝に呟いて、あたりを見渡したが。目の前に暗く広がるみどりの庭に誰も居らぬことに、政康はもう一度「兄者?」と、少し大きな声で問うように踵を返して去った。
彼の足音が聞こえなくなるまで、庭の木陰で息を殺しながら、松永は気を失わせた蒼白い長逸の身をしかと抱き締めていて。
気配が遠のいたのを確かめると、其のまま気を失ったままの青年の身を横抱きにして、音も無く戦城から密かに連れ去った――







目が醒めた時、其処はかつて何度も通った多聞山城であること、そしてとっくに夜が明けていることに長逸は一瞬驚き、次には嗚呼、と納得している己に打ちひしがれた。
「御目覚めに」
声をかけてきた侍女が――文を届けに来たくのいちであったことが、彼を幾分か安堵させてくれたが。
「何事も御心配召されぬようにとの、殿の御言葉です」
いつの間にか白い練り絹の寝間着に着せ替えられていることにも、もう何の驚きもない。いつもあのひとの成すこと、ぬかりのないこと。
嗚呼、と苦しそうに瞳を閉じて、半身だけ起こしてうな垂れる青年に向かって「まずは御食事を」と云って来たくのいちのほうを振り返りもせず、長逸は両手で顔を覆いか細く呻いた。
「…弟たちを、置き去りにして…?何も心配するな、などと――」

だが。俺は。
こうなることを、心の何処かでずっと――

健気に肩を震わす長逸を暫し見詰めた後、控えるくのいちが今一度「何の御心配もなさらぬよう、と久秀様は仰っていました」と告げたので。
不思議そうに眉を潜めながら長逸が顔を上げれば、彼女はす、と座したまま長逸に近付いて、彼にだけ聴こえるよう耳打ちを。
「すべては貴方様を手に入れるタメだったのでしょう」
彼女の言葉に、青年の頬が一瞬強張った後――鮮やかに紅に染まっていったので。
彼女は初めて――彼に向って僅かに笑んで、頷いてみせた。
「久秀様は、貴方様を希んでおられます」
そして彼女は更に声を潜めて、二言、三言。長逸に告げて見せれば、青年はとうとう耳まで紅くして顔を覆って身体を折り曲げた。
彼はふるふると長い黒髪を揺らして微かに「…否と」と答えたが、彼女は涼しい顔で「既に整っております。何の心配もいりませぬ、すべて私にお任せを」と労るように青年の手を顔から剥がして床の外へと促した。





やがてあっという間に夜が来た頃、寝所にいつのまにか不思議に悩ましい香りが漂いだしたことに、長逸が美しく洗われた黒髪を涼しくさらさらと鳴らして首を振った時。
襖の向こうに人の気配がして、すぐにそれが――あの人だと気付いた瞬間。
長逸は既に熱くなる目頭に慌てて、思わず立ち上がりその場を逃げ出したい衝動に駆られたが。
「そのままで」
と。
低く艶の有る――嗚呼、夢ではない――ひとの声音に、金縛りのように動けずにおれば、襖を静かに開けたのは、桑の実色の落ち着いた羽織を纏った――松永弾正久秀であった。
「……ッ」
長逸が何かを云おうとして出来なくて、喉を詰まらせ代わりに――涙をひとすじ零したのを見ると、松永は滑るように彼に寄り添いそのまま抱き締めた。きつく。
「すまなかった」
はっきりと告げられた詫びの言葉に、長逸の眼が見開かれ、次には
「あいた、か…っっ…た…っ!」
と。青年は涙を止められずに幼子のように、肩を震わせながら待ち望んだ人の背をきつく両手で掴んで。
「可哀想に」
彼の小柄な頭にしっかりと指を添えながら、彼は呻くように云った。
「耐え切れぬほどの――こんな重荷を背負って。たった独り、耐えていたのだな」
其の言葉に驚いて、長逸が縋っていた腕の力を緩めれば、松永もゆっくりと彼から少し身を剥がして、涙の伝う頬を撫でた。
「もういい。長逸殿、ソレは私が貰おう」
「――え?」
「卿の背負う、その重荷を。私が背負おう。もういいのだ、万事私に委ねろ」
松永の言葉に、不思議そうに眉を潜める長逸に向かい――「織田の事は私に任せろ」と。はっきりと聞かされて、長逸は悟った。そうか。俺の背負うもの。御屋形様――いいや、それよりもずっと昔から続いてきた、三好という名の業を、この人は。
「だが、俺は、俺には、守るべき御家と弟たちが」
健気にも未だ必死に背負おうとする青年に向かい、もう何も云うな、というように松永はそのくちびるに長い指を押し当てて。
「その代わり――卿には、私を贈ろう」
伝えられて。
今、はっきりとその想い。心。
嗚呼、それをこそ待っていたのだと。
長逸の全身が総毛立って震えた。
「希んでいて、呉れていたのだろう?」
問われて、妖しく暗がりに光る琥珀色の眼で捕らえられれば。
もう何も云えなくて青年はくしゃり。顔を歪めて涙をぽろぽろと零したので。
間違っていなかった、と男は酷く真剣な眼差しで、彼の頬に伝う涙を拭ってやりながら、今一度。確かに届くようにと告げた。
「今宵、我が身も心も君に捧げよう。どうか受け入れて欲しい」
嗚呼、と。青年が長い黒髪を揺らして、添えられる手に頬をすり寄せた。
「…弾正殿」
「偽りは無い。このように心動かすモノに出逢うのは何時方振りか。長逸殿、私は卿が欲しいのだ」
はっきりと。力強く囁かれれば、もう崩れ陥ちるしかない己に、長逸は泣いた。
「たとえ」
大きな切れ長の、くっきりとした二重の双眸を見開きながら。彼もまた、真っ直ぐに目の前のひとを見詰め返しながら、強く囁いた。
「その言の葉すべてが偽りでも――構わない」
奪ってくれて構わない。
覚悟を秘めた初心な眼差しに、男は息を止めた後。今一度、青年が「あ」と呻くほどにきつく抱き締めた。
嗚呼。どれだけ。どれだけ今この瞬間を待ち侘びたか、と。互いに――もう言の葉は要らぬ、と悟って。
「――急かしてしまって、すまないとは想う」
少し痩せた長逸の背中を労るように撫でながら、彼は云った。
「だが察して呉れ。私は随分と抑えてきたつもりだ。本当はもっと早く――こうしたかった」
低く注がれる声音に、慄きながら長逸も縋るように逞しい彼の背中に腕を強く回した。
「…弾正、殿」
微かに声に涙を滲ませながら、彼は彼に向って。
「――今は、久秀、と呼んでは呉れまいか」
耳元で、彼が。
美しい三日月のような唇で囁いたので、長逸は更に慄きながら、顔を上げて己を抱こうとしている男の瞳を見詰め返した。
「そうだな、この名さえ本当のモノかは、私も忘れてしまった。だが、官職の名で卿に此の期に及んで呼ばれるのは心外だ」
優しく頬を撫でられながらそう云われれば、最早躊躇う必要も無く。
「…久秀…殿」
絞るように囁き返せば、彼は優美に華が咲く様に微笑み返して呉れた。
「嗚呼、其の声音を待っていた」
ひしと抱き締められながら。長逸はついぞ感じたことのない安らぎに包まれて「嗚呼」と熱い吐息を零した。
三好の筆頭として。三兄弟の長として。
決して見せてはいけなかった弱い自分を、晒して泣いてみせた。
「久秀殿」
縋りながら、青年は泣いた。
「どうか、どうか弟達を、三好を」
守って下され、と泣きながら、彼はいと惜しいと希んだひとの背に爪を立てて。
「もちろんだとも」
松永は彼の黒髪を梳きながら、悠然と答えてみせた。
「卿がこうして身を晒して呉れて、私に何がお返し出来る?嗚呼、年寄りの世迷い事と哂われよ、それでも私は」
卿を求めよう。
続けられて、長逸も心から笑んで、涙を零した。
嗚呼、俺もまた。世迷い事と嘲わられようとも。
貴方を欲しよう、貴方だけが欲しい。
「…久秀殿」
吐息の声音で、彼は彼に囁いた。
「多分、きっと。初めて貴方と眼差しを交わした時から、俺は貴方のモノだった」
ふふ、と長逸が笑ったので、微かに驚いたように。松永は未だ少年の面影を残す人の顔を改めて見詰め返した。
「覚えている?多聞山城に初めて招いた時、貴方は櫓から俺を見下ろしていたでしょう」
「…分かって、いたのか?」
松永の答えに、ふふ、と。風のように微笑んで、涙に濡れる頬は其のままに。長逸は続けた。
「殺そうと、していた?」
青年の問いに、松永は眼を見開いて笑みを引いた後――参ったな、と首をふるふると横に振って、観念したように。
「ああ。最初はね。卿らを葬り去って手にしたいモノがあったのだが」
其処まで云うと、松永は改めて長逸の首の後ろ、しっかと手を添えて告げた。
「私はあの一瞬で卿に魅かれてしまった。この腕に抱いて啼かせてみたいと、想って」
最早言の葉は要らず。
「――いと惜しいと」
擦れた声音で耳元で囁かれれば、すべてが散って蕩けよう。
「赦せ」
嗚呼、と。どちらともなく応えてみせれば、柔らかな用意された褥に崩れ堕ちた。
掻き抱き、解いて暴いて魅せて。
ひさひでどの、と、青年が啼いて魅せれば、梟雄は卑しくも甘美な笑みを唇に湛えて、青年にくちづけて其の犯されたことのない清らな肌を弄った。
忘れられないように刻み付けてみせようと、これ以上のない優しさで弄ってみせるので。
これでよかった、これでいい、と。
青年は涙を零しながら夢うつつまでに希ったひとの頬に手を添えて、「どうか」とすべての願を託して身を任せた。

過ちでもいい。
どうか。

労るように背を撫でる手が、其の下の腰に回されたので。
一瞬身を固くして息を止めた長逸に、「――嫌か?」と、酷くやさしく彼は問うた。
震えるように深く息を吐きながら、長逸は微かに肩を震わせながら「…怖いのです」と。辛うじて。
「矢張り」
松永はもう片方の手で長逸の冷たい黒髪を梳きながら、笑んだ。
「“離家の美花は人も折らず”と、李太白もつくれり…」
「…え?」
「卿程の美貌だが、阿波の離れ小島では誰がその価値を見出せようか、と。ま、無骨な荒武者共には卿の剣の腕前の立つこと、そればかりに目がいったのが幸い、か」
こうして私だけのモノと成る、と。
囁かれて耳まで紅くして息を呑んだ長逸の顔の無垢なことに、其の頬を、額にかかる長い前髪を掻き揚げながら、彼は続けた。
「此の世の極楽を魅せて進ぜよう」
其の言葉の意味を解せない程、幼くはないので。
長逸はもう何も云えずに、自分でも信じられないくらい艶かしい溜息をついて瞳を伏せた。
「…応えられるか、其れが恐ろしくて…あ」
其の先の言葉は、重ねられた唇で消されて。
ようやっと。重ねられた身体が言の葉の代わりに静かに熱く疼いて痛いので。
青年は自ら腰を揺らして、想い人の指が這う脚を開いた。








長逸の身が城から消えた夜の次の朝には、松永方から「宗主殿と一対一で話し合いたく」と形だけの書状が届けられていた。激怒してろくに装備も整えぬまま城を飛び出そうとした政康を「兄者ッ馬鹿なことをして呉れるな!!」と怒鳴りつけ押し留めたのは、普段滅多に声を荒げることのない友通で。
「行ったところでどうなる!これはもう、長兄(ながあに)と…あの男の問題だ」と。
告げられて、政康は呆然と――己より少し大柄な末弟のやつれた、だがしっかりとした男らしい表情に、「あれ、いつのまに」と、拍子抜けしたように――

あれ、コイツいつのまに、こんな――

「弾正は、決して長兄を殺さない。幾ら俺が兄者らより年下でも、そのくらい分かる。あの二人は――」
其の先はさすがに云うのを憚れて、友通は深く息を吐いて呆気にとられている政康の肩に置いた手をのけながら、もう一度溜息を吐いた後。
「長兄は、決して俺たち弟を、そして三好家を見捨てない。見捨てることが出来ない、そういう人だ。俺は長兄を信じて待つ」
友通の簡潔で力強い――腹違いとはいえ、物心つく頃から二人の兄に手を取られながら育ったからこその、長逸を疑わぬ言葉に――政康ももう何も云い返せず、暫し唇を噛み締めた後「兄者は少し具合を悪くした、それだけだ。皆にはそう云っておけ」と吐き捨てるように告げて、荒々しい足音を残して城の奥へと姿を消した。





そして三日も経った早朝のことだった。
飯岡城の櫓に立っている見張り番が、遠くから近付いてくる大軍と思われる馬の足音、具足のかち鳴る音と土煙に「お、織田軍か!!?」と慌てて鐘を打ち鳴らしたが――「待てッ!よく見ろ――」もう一人の見張り番が指差した先に靡いていたのは――松永軍を表す、蔦の紋であった。


多聞山城から頑として動かなかった松永久秀が大軍を率いて、そして其の横に彼から贈られたのであろう、真新しい陣羽織と甲冑に身を包んだ長逸を引き連れて入城の許可を請うてきた事態に、三好家来衆は騒然としながらも慌しく軍議の場を整えて主を待った。
やがて堂々と真っ直ぐに背筋を伸ばした松永が広間に入り、甲冑を鳴らしながら上座に向って歩んでいく後ろに――蒼白な面をして、続いて現れた双兄の姿に。
政康は瞬時に何があったのかを悟り、「……ッ」と声に成らない嗚咽を吐いた。
そうか。兄者――貴方は其の男を選んだのだな、と。
「長逸殿の心を、私は享けとった」
上座に落ち着いた松永の威圧ある声音に、疲弊した三好家臣一同が一斉に息を呑んだ。
「私が織田信長に降伏の意を示す。三好家は我が松永一門に下ったと付け加えてな。織田のうつけはどうやら数寄狂いらしい。私の所有する名物を差し出せば、大和国を私に任せてやる、と云っている。あちらが望む私の所蔵の宝物を呉れてやろう――第六天魔王が望むなら、多聞城山城も呉れてやる。それで三好一門が救われるなら、私も本望だ」
松永の言葉に、三好の家臣の一人が立ち上がり叫んだ。
「なんだと!?弾正、貴様、仕える御家である三好を己の――」
「そうだ」
顎を上げて屈強な首を伸ばし。松永は宣言した。
「三好家は、我が松永一門に下るのだ。其れで織田から守られよう。卿も分からいワケではないだろう、このまま織田に皆殺しにされて三好の血筋が絶えさせるよりは――長逸殿の身を賭した願を、卿は無下にする気か?」
松永の宣言に、三好の家臣達は人形のように真蒼になっている長逸の面を、救いを求めるように見詰め――だから、長逸も答えた。凛とした声音で。苦渋の胸の内。
「これ以外に、道は無い」
長逸は、静かに、だが威圧を以って続けた。
「既に多くの勇猛なる家臣たちを失った。俺は三好を守るため、弾正殿としかと話した。分かって欲しい。あの尾張の魔王を抑える力をお持ちなのは、この松永弾正殿しか、もう居らぬ。三好の血脈を絶やさぬ為にも…皆」
そして長逸は松永の横から身を進めて、ざっと膝を折り――頭を垂れた。
「分かって呉れ。どうか…三好家の為に」
兄の様に、政康が唇を噛み締めて震える眼に涙を滲ませた。
嗚呼、どうしてこうなってしまったのだ、と。
やがて松永が静かに膝を折り、長逸の肩に手を置いて労るように身を寄せたのを見て。
三好の家臣達の間から、すすり泣く声が次々と上がり、最早道無し、と彼らは悟った。
若き筆頭が身を呈して御家を守ろうとしているということを、悟り。
三好の血脈を守るため、誇りを捨てて下らねばならぬという事実に。
ただ、もののふたちは涙を流し、松永に肩を抱かれ身を許す若き筆頭の酷く哀しくも美しい様に涙を零していた。





「――信長公、お見えになりました」
占領した越水城の大広間に、南蛮渡来の豪奢なビロードを張った物々しい四足の椅子を勝手にどかりと置いて、其処に――尾張の魔王、織田信長は鎮座していた。
其の横には、ほっそりとたおやかに。紫黒の着物を纏った濃姫も控えていて。
信長は持っていた銀のグラスを大儀そうな仕草で横の己が正室に持たすと、肘掛に右腕を預け頬を手に乗せ「ンン」と。鼻だけ鳴らし、明智光秀に続きを促した。
「大和守、松永弾正久秀殿、御成りに」
酷く美しい声で明智光秀が告げて、其の後ろから屈強な背の高い――信長よりも幾らか歳を取っている壮年の男が現れて。
男は、威風堂々と真っ直ぐに背筋を伸ばし、左手を腰の後ろに添えたまま――頭を微かに垂れて「御機嫌よう、第六天魔王殿」と。
謳うように艶やかな声音で云った後、誰もが其の風貌と威圧に恐れを成す織田信長に向って、はじめての挨拶として。優雅に微笑んでみせたのだった。







飯岡城を慌しく発った後、三好三人衆は松永所有の信貴山城に入城した。
主だった家臣らも引き連れての入城だったが、その全員が手厚くもてなしを享けていることに、長逸は安堵を越えて呆気に取られて、今、己に宛がわれた静かで美しい床の間に、甲冑を外した姿で座していた。
目の前に、侘を感じられる、質素でありながらきっちりと整えられた棚や掛け軸――ひっそりと一輪、美濃焼の濃い色の椀の水の中、浮かべられた梔子の芳りに、長逸はゆっくりと首を動かしてひたと、その限りなく白に近い淡い黄色の花弁を見詰めながら、想った。
本当に、信じていいのだろうか、と。
こんなにも――手のひらを返したような松永の態度に、長逸は逆に不安にもなっている。
確かにあの夜、契りを――此の身を差し出し――
そう思い出して、思わず頬が熱くなってしまったので、青年は「嗚呼」とどうしようもなく切なく呻いて顔を覆った時。
「失礼するよ」
と。
静かに襖が開いて、甲冑だけ脱いだ――其の下は南蛮渡来の白い洋服と黒地の履物、其の上から漫智羅を着た――松永が現れて静かに長逸の前に座した。
慌てて居を正す長逸に向かい「まあ、そう畏まられるな」と云った後。松永は
「織田信長に逢ってきたよ」
と。まるで「茶会に呼ばれて行って来た」と云うのと同じくらいの口調で、長逸に告げた。
告げられたほうは眉を潜め、顔色を蒼白にして「…して、あちらはなんと」と。息を殺して答えを待った。
「嗚呼、大和国は私に任す、だそうだ。どうやら“不動国行”と“九十九髪茄子”、それなりにあの魔王の心を動かしてくれたようだ…ま、平蜘蛛についても訊いてきたが、適当にはぐらかした。流石にアレは呉れてやるには惜しくてね」
はは、と松永は何時ものように低く喉を震わせながら笑ってみせたが――長逸は反対に、酷く張り詰めた瞳で、躊躇いがちに問うた。
「……それで、多聞城山は」
「――ああ」
長逸の問いに。松永はこれもなんということもなし、という口調で。
「寄越せ、と云ってきたのでどうぞ魔王殿のお好きなように、と献上してきた」
さらり、と告げられたことに――ふっ、と長逸が肩を震わせて手で顔を覆い、結ばずに背中や肩に流している黒髪をさらり、落としながら嗚咽した。
「…あんなにも、美しき処を」
彼は心からの悲壮を滲ませながら、云った。
「貴方との想い出が、踏み躙られる」
そう絞るように呟き、泣いた。
「耐え難きこと…」
なので、松永は青年の身体を抱き寄せてきつく腕をまわした。
「泣くな」
小さな頭を、黒髪を抱え込んで何度も撫でた。幼子をあやすように。なだめるように。心からの恋慕と労りを込めて。
「卿に泣かれるのが、私は一番辛い」
低く囁かれて、長逸は一瞬息を止めたが。また肩を震わせ己を抱く男の胸に手をあてがいながら、しゃくりあげた。
「でも…貴方にとっても、あの城は」
「よいと云っただろう?城ひとつで三好一門が救われるなら、私は本当に本望なのだ。三好一門…と、云うか、卿…長逸殿、卿が救われるなら、どうでもいい」
其の言葉に、長逸が静かに顔を上げて――眼を見開いた。
本当に?と、真白い頬と整ったくちびるを微かに開いて。
「――信貴山城も、なかなかのモノ、とは思わないか」
松永は微かに笑みながら、彼の頬に伝う涙を指で拭った。
「多聞山城は、いささか派手に造り過ぎたかな、とも思っていたのだ。信貴山城は戦城に特化させてはいるが、侘、寂も取り入れようとそれなりに苦心して築いたのだ。悪くはないだろう?」
其の言葉に、長逸は
「ええ。多聞山城とはまた違う風情があって、俺は好きです」
と、やっと涙を止めて笑ってみせた。
「――そうだろう」
松永は満足そうに彼の黒髪を梳いた後、ふ、と――息を吐いた後、腕の中の情人に問うた。
「…さて、これからは…長逸、と呼んでもいいかな」
「三好は松永一門に下った。これからは私が卿の…主だ。そういう理屈抜きにしても、私は…“お前”と呼びたいのだが」
そして松永は――初めて。
本当の心を晒すかのように、苦く笑っていた。
ひとまわりも――親子程の歳の差ある青年に懸想している己を、嘲るように。少し困った、戸惑うような表情を見て。
長逸は身体中の力が抜けるように。嗚呼、この人は、本当に。
だから彼は微笑んだ。
微笑んで、いとしい人の頬を撫でながら「如何様にも」と答えた。
「お好きなように、お呼びくだされ」
そして長逸がいと惜しむように松永のくちびるに指を添えてなぞったので、松永はふいに笑みを引いて酷く真剣な表情をした後――やわらかに瞳を伏せて「長逸」と囁き、くちびるを青年のくちびるに、一瞬落とした。
「ようやく、この手にした気がする」
感じ入るように男が呟くので、ふふ、と青年は笑って改めて男に身を寄せた。
「貴方でも、そんな」
「――なに?」
「なんでも」
ない、とくすくすと長逸が笑うので。
少し怪訝に眉を潜めた後、松永は――だが、もう泣いていない、と安堵したように彼の頬に指を滑らせながら、続けて問うた。
「それで、お前はこれから私をどう呼ぶか…なのだが」
云われて、長逸は細い顎を上げて少し、視線を逸らした後――
「久秀」
「まさか」
呼び捨てか、と彼が苦く笑えば。
青年は無邪気にくすくすと笑んだ後、
「殿」
と。
微かな吐息で囁いた。
「殿、とお呼び致さねば」
貴方に仕える身になるのだから。と。
長逸は穏やかに笑みながら、もう一度「我が殿」と。
酷く艶やかに囁いて魅せたので、嗚呼、と。松永は「そうだな」と瞳を伏せながら低く喉を鳴らした。
「それでいい」
彼の黒髪にくちづけながら、酷く安堵しかたのように――だが次には既に男は青年の胸に手を這わせて襟を押し開いたので。
長逸は「あ」と驚いて、己を抱く人の顔を見上げれば。
「お前を抱きに来たのだよ」
と、至極当然、のように伝えられたので。
息を呑んで頬を染ながら、青年は「でも、身を清めておりませぬ」と微かに抗ったが。
「構わん」
やり方は色々とあるのだよ、と。耳元で囁かれて、長逸は「あ」と熱く湿った吐息を零しながら瞳を閉じた。
押し倒されて、上質な畳の感触に全身の力が抜ける。
仰け反った首筋に彼が確かに喰らいつくので、嗚呼、と長逸は酷く甘い声音で啼いてみせながら身を震わせて、熱に浮かされるままに、いと惜しい人の身体に指を這わせて理性を手放した。








射し込む月の蒼い光に、ふいに目が醒めて長逸は身を起こした。
そして横に眠る人の姿に小首を傾げて目を顰め――あ、夢か。と。
気付き、微かに息を吐いた。
随分昔の夢だな、と、ぼんやりと辿る。
家を失い、過去を殺して“死神”と云う仇名を戴いて。
面頬を纏い顔を隠して戦場――と、云うよりは、彼の為にあらゆる戦いの場へ参じるようになってから、幾年月か。
いつ飽きられるのかな、あのモノのように。
と怖れた時期もあったが、ここまで長い間手放されないこと、こうして当たり前のように夜伽を重ねることを想えば、もう死ぬまで傍に居るのだろう、と不思議な確信が青年の胸に浮んで、急に横で眠る男に触れてみたくなったが。
背中を見せてなんの疑いも無しに、静かに肩を上下させて寝息を安らかにたてるひとを揺らすことが憚れたので、長逸は寝間着の衿を正して静かに部屋の外、満月に照らされる庭に歩み出た。



「…は」
思わず、満月の見事なあかりに天を仰いで、白い首筋を晒す。
そして、ふいにあの日――青い竹林で蝶を追いかけながら歌った唄が、口をついて。
「恋草を、摘みて摘み摘み、積めようか、力車に七車、積みて恋ふらく――」

「我が心から」

続きを謳ったのが眠っていた筈の情人だったので。
さらりと黒髪を鳴らしながら、長逸が驚いて「殿」と焦茶の眼を見開いた。
「勝手に離れるな」
少し気だるく、眠たそうに。
松永は下ろした髪を掻き揚げながら、庭で月光に照らされる未だ若い情人を見詰めた。
そして想う。
嗚呼、あの時の目利きは間違っていなかったな、と。
あれから幾年月経ったが、少し背が伸びて思っていたより逞しくなったことを除けば、今も変わらずに花よりもなお、いとうつくしく――
「裸足の貴公子殿」
余りにも久方振りに其の名で呼ばれたので、長逸は驚いて思わず小供のように己の足元を見やった後――「あ」と。本当に童のように気まずそうに眉を顰めたので。
「ははは」
低く笑った後、「お前のそういうところが好きだな」と。
からかわれるように告げられれば、まるであの頃のように頬は勝手に熱くなる。
「――いつまでも、小供扱いなさる」
膨れる青年に向って、「いとおしい、と云っているのだ」とさらりと云ってのけて、松永は手招きをした。
「未だ夜も深い。寝るぞ」
云われて、長逸は裸足で庭をさくさくと進むと、軒下で待つひとの前に立ってぱさぱさと、長い睫を鳴らして見せた。
「――お眠りに、なるのでは」
自分を真っ直ぐに見詰め動こうとしないひとに向かい、長逸が無邪気に小首を傾げて見せると。ふ、と松永は微笑んで「いや、見事な月だな」と。呟いて、青年のあの頃より広くなった肩を掴んで座らせると、其の膝に己の頭を置いて寝そべった。
「暫し、愛でようか」
己の膝に頭を乗せて、くつろいで悠然と呟く松永に向って、長逸は「はあ」と困ったように溜息を吐いた後。流された彼の髪を梳きながら一緒に月を見上げた。
嗚呼、あの日もこんな月の夜で。
照らされたひとの美しさは夢か幻か、とさえ想ったが、今こうして共に在れば決して幻では無く、膝に感じられる重さと温度に胸がつかえる。
長逸の心中を知ってか知らずか、ふいに松永は
「あの頃の夢を見たよ」
と静かに語り出した。
「未だ、お前が三好家宗主で私がお前に仕える身であった頃の。己が胸の内を探り合っていた頃――だがあんなにも瑞々しく心躍った日々のことだ」
長逸の長い黒髪を掴み愛でながら、松永が囁いた。
「…らしくない」
白き靄の向こうさえ振り返らないのが、貴方でしょう。
続けられた言葉に、松永が笑った。
「そうだな」
だが、あの日々は。
「本当に愉しかったのだよ。嗚呼、恋とはこういう胸の内を云うのだと、年寄りながらも心動いたのだ。お前の眼差しが揺らぐ度、この胸の胸の内も揺らいだ。其れは今もだ」
云いながら、松永の指が若い情人の黒髪から滑るように、彼の頬へ注がれた。
「お前が私に飽いてしまったら、私はお前を殺してでも己の腕に抱くだろうね」
其の言の葉に長逸の息が止まり、そして――くく、と笑みは零れた。
「それは、こちらの台詞」
幾らでも相手はいるでしょう、と。背中を折って膝枕の上にある人の顔を覗き込みながら、青年は告げた。
「貴方が俺に飽いたら、俺は貴方を殺してでもこの胸に抱くでしょう」
長く白い指で、微かに、這うように想い人の頬を撫でながら囁く。
「久秀様」
彼の肩に手を掛けて静かに起こして、青年は挑むように向き合った後、想い人の頬に長い指を這わせながら問うた。
「俺はどのくらい、惜しい?平蜘蛛?鬼丸国綱?それとも、九十九髪茄子くらい?」
「――そうだな」
唇に添えられた彼の指を、ふいに食んだ後。
梟は其の瞳を、獲物を狙うかのように妖しく光らせて。
「どれも、及ばん」
其の答えに。
青年は満足して、笑んだ。
ソレはあの頃と変わらぬ、まるで菫の花がほころぶような。だが、あの頃よりもずっと艶の有る深みを潜めて。流し目に、誘うような色香を。
仕込んだのは己だ、と。梟もまた、満足気に深く笑んだ。
「お前は本当に、どんどん美しく成ったよ」
まるで早乙女にでも掛ける様なやわらかい声音で囁いて、瞳を見開く彼に覆いかぶさって、笑んだ唇を奪う。
ふふ、と、珍しく彼が酔った様に声を出して笑むことに。満月は危いな、人を酔わす、と。ふいに心の枷が外れたかのように、彼は彼に告げてみた。
「愛い奴」
すると彼は彼の首に熱く浮かされた指先を這わせながら、「知ってる」と、答えたので。
後は言の葉紡がずに、現世のことなどどうでもいい、と。
梟雄は目の前の危ういくらいに今でも初心な情人を静かに押し倒した。


あの日のよう、月だけが照らす城郭の。
凡てに背いて繫いだ恋慕、離さぬよう、離すものかと。


彼が愛でる黒髪が、絹糸のように床に散って月光に煌いた。




《了》

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ゆみのや

Author:ゆみのや
戦国BASARA3の石田三成にぞっこん一目惚れいたし
こっそり応援し隊所存にございます。

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