BASARAの石田を幸せにし隊。

戦国BASARA3の石田三成をひたすらに応援するこっそり避難ブログ

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燭蛾【陰】 -後篇-

お待たせ致しました、ゆみのや的解釈松ヶ原・三成サイド、これにて諒。
相変わらず死亡扱いのキャラ多数、流血表現も多いので苦手という人はご注意ください。あと、15歳未満の子も回れ右してください。大人の世界だからね、卿。
なんがい小噺になってしまいましたが、御付き合いくだされば幸い。ついでに【陽】と【陰】どっちが好みかそっと教えてくださるともっと幸いです・・・



姫と鉢



結局、あれからも松永が腰を上げることはなかった。
三好長逸は「久秀様を疑うな。我らは日々の鍛錬に余念なくし、いつでも立てるようにさえしておればよい」と黙って軍を整えることに集中した。
腹心の言葉に松永は何も云わず相変わらず掴み所のない笑みで頷いた後、また――飽きもせず姫と若君を連れて庭で遊ぶ。
そのうち、其処に「みよしのあにさまも」と安寿姫が誘うので、時々ではあるが三好の長兄も混ざって――たとえば、鞠をついてみたり、寒椿を摘んでみたり。「何故俺まで」と戸惑いながらも、可愛らしい着物(と、云っても松永の目利きで選ばれた、並みの身分では決して纏えぬような豪奢な)と、髪に結ばれた組み紐を揺らしながら笑う姫の云うことに、どうしても逆らえない己がいた。
「それでね、ここ。むすんで」
「あにさま、あれなにかしら?」
とか云って手を好きなように引かれて見れば、ままよ、と不思議と落ち着いてしまう己に、戸惑う。
「安寿はお前がお気に入りらしい」
ふふ、と笑いながら松永が縁側に腰掛けて――おさなごふたり、今は侍女らに汚れた着物を正されている様子を眺めながら、庭にぼんやりと立ち尽くす青年に云った。
「いつも殿のおそばにいる、あのきれいなおかたはなんとおっしゃるのですか。と。最初、訊かれたのだよ」
「…は?」
思わず間の抜けた返答をしてしまったことに、恥じ入るように三好の長兄は俯いて。
「いや、小供はちゃあんと見ているのだね。安寿はどうも面食いのようだ。はは、これは将来楽しみなことだ」
はっはっは、と笑ってみせる松永とは反対に――思わず頬を染めて眉を顰めたのは“みよしのあにさま”で。
「…戯れを」
苦くそう呟いて、踵を返す。
「何処へいく」
「軍議にござる」
「そうか。頼んだぞ」
「…!」
頼む。
その一言をあの梟雄から引き出すのがどれ程困難なことか、三好の長兄は誰よりも解っていた。だから、思わず背筋を這い上がる喜びに唇を噛み締める。嗚呼、背を向けていてよかった、と。瞳を伏せて、唇を噛み締める。強く。
こんな顔を見られたら、また「お前のそういう処が好きだよ」と、抱きすくめられて、この心まで絡め取られてしまうのだから。いつも。
溺れてなるものか。
青年は喜びに緩む顔とは正反対に、不機嫌そうに呟いていた。



やがて着物を正されたおさなごらは、転がるように縁側に腰掛けていた松永へと飛びついた。
「やあ、綺麗にしてもらったね」
「はい!」「あい!」
「部屋に上がろうか。今日は児玉党という菓子を用意させたのだ。甘くておいしいそうだよ」
「まあ、うれしい!」
そして上げられた部屋で、姫と若君は紙に包まれた高価な菓子を、行儀よくいただいた。
其の様を脇息もたれてくつろぎながら、松永は静かに見詰めていたが。
やがて菓子を包んでいた紙を厨子王丸が、おのこらしい豪快な仕草でばんばん、と畳に向って伸ばしてみたり、端を掴んであわせてみたり、彼なりに苦心して折り出した。
「ふふ」と松永が笑えば、顔をあげておさなごも「にー」とちいさな白い歯を見せて笑った。
姉姫もなにごとかしら、と弟の紙を折るだけにしては豪快すぎる仕草に、目を丸くしていたが。やがて満足したのか――
「これ、あい」
舌の足らぬあどけない厨子王丸の手に、なにかは分からぬ――紙で折った出来上がったものが。差し出されたので、松永は思わず目元を細めて笑みを零しながら、厨子王丸のさらさらした黒髪を撫でた。
「私に呉れるのかね?」
「あい!」
松永に撫でられたのが余程嬉しかったのか、幼子がまだ歯の生え揃っていない口を開けてきゃっきゃ、とはしゃぐので。
松永は長い指を折りながら、その背でつるつるした幼子の頬を撫でながら、
「これはこれは、嬉しいことだ」
と微笑み返した。
「若しも厨子王丸――卿が望むなら、城のひとつやふたつ、呉れてやりたい気分だよ」
云いながら、若君の小さな身体を抱き上げて膝に乗せた。
其れを見ていた安寿姫も、「まあ厨子王丸、よかったわね、殿がよろこんでくださいました」と弟を羨ましそうに眺めて。
「姫が望むなら、姫にも城をあげたい気分だよ。ふたりは本当に私を想って呉れているのだね」
そう云うと松永は片腕を伸ばし、ちいさな姫の肩を抱き寄せて姉弟を一緒に抱き締めて遣った。
すると安寿は驚いたように一瞬身を硬くしたが、すぐに嬉しそうに松永の顔を見上げてきらきらと眼を細めて笑って。
「殿は、安寿と厨子王のいのちのおんじんですもの」
安寿姫がそう云った時。
「――久秀様」
軍議に出ていたはずの長逸が、強張った面持ちで部屋に「ご無礼つかまつる」と早足で身を滑らせた。
「何事」
彼の様子に、松永の笑みがす、と引く。
「――これを」
彼が差し出したのは、一通の――上等な真白の紙にしたためられた、書状であった。
「凶王、石田三成からに御座います」
青年の声音がいつもよりも低く殺されていることにただならぬ気配を察し、松永の膝にいた姫が自ら弟の手を引いて、彼の膝の上から降りた。
「いい子だ」
ふたりに向って微笑んでみせたのは一瞬。
直ぐに座と正すと、松永はばさり、と勢いのよい音を紙に打ち鳴らさせながら、美しい所作で書状を開いて目を通した。
「…殿」
「――長逸。陣触れを出せ」
とうとう出された其の命に、青年の顔色が変わった。
「まさか」
「まあ、ようやく、と云ったところか。全軍、今一度関ヶ原へ赴くぞ。凶王三成から直々のお呼び出しだ」
クク、と。
戦場で浮かべるような底知れぬ笑みが、松永の面に甦っていく。
其れを見て、「――御意」と、三好の長兄もす、と氷のような無表情で、立ち上がって足早に立ち去った。
感じ入るように、松永は書状に乱れなく美しく並ぶ文字を暫し、眺めて愛でていた。余分なことは一切ない。
ただ、そこに記されているのは――
「…面白い」
ふっ、と笑みを零した時だった。
「…どなたさまからの、ふみですか?」
姫が行儀よく背筋を正したまま、こちらをうかがっているのに気付く。
「嗚呼。凶王様からの文だよ。しかも直筆だ」
「きょうおうさま?」
「そう。凶王、石田三成」
「きょうおう、さんせい!?」
安寿姫が思わず、若紫の地の美しい小袖の裾で口元を覆った。
「そう、とても恐ろしい若武者だが、西軍総大将でもある。彼と私は少しばかり面識…うむ、会った事があるのだよ。また会いたい、と書いてきて呉れたのだ」
松永のいつもとなんら変わらぬ様子の答えではあったが、姫は“凶王”のことを侍女や小姓らの噂話からとても残忍でおそろしい、とだけは分かっていたので、思わず松永の袖をひっぱり、必死に云った。
「だめです、殿、そんなこわいひとにあいにいっては」
「九十九茄子を御持ちだそうだ。アレは…アレの前の持ち主は、姫の御家の当主、長曾我部元親公だったのだよ」
ならば、こちらに返してもらおうではないか。
低く、だが強く発された松永の宣言に、安寿姫が顔色を変えて息を呑んだ。
「いりません、殿、安寿はつくもなすなど、いりません」
おさなごの余りに必死な様子に――ふいに、松永は眉を潜めて大きな黒い瞳を見詰め返した。この仔は。若しや。いいや。小供だからこそ、か。
「殿、きょうおうさまになんてあいにいかないで。そばにいて」
とうとう己の膝の上に突っ伏してまで己を止めようとする――姫のちいさな身体を。松永は深い感慨を込めて、やさしく大きな掌で擦った。
このように心が動くとは何時方振りだろう、と想いながら。
「安寿、よくお聞き」
姫は動かない。顔を上げもしない。必死で吾がままを通そうとする。
彼女の艶々の緑の黒髪を撫でながら、松永は至極静かに――笑みを浮かべずに彼女と向き合った。
「君らのととさまとかかさまを奪った凶王を育てのは、私なのだ」
「――え?」
松永の急な真情の吐露に、安寿姫が驚いて顔を上げた。
「どのくらい前になるかな。私はね、凶王殿の大切な大切な、絆を…大切な人をこの手で殺めて奪ったのだよ」
殺めた。
其の言葉と、いつも自分達の前では決して血生臭さの欠片も見せなかった男の、初めて見せる――哀しそうで、そうでないような不思議な表情に。姫は、魅入られたかのように黙って続きを待った。
「何故なら、私は見てみたかったのだ。凶王三成の、あの、汚れ無き純粋無垢で透明な魂…あの齢にもなる青年が、大将首にも祭上げられるような立場の者が、どうしてそこまで純真を守れているのか…これは壊し甲斐がありそうだ、と。だから、彼の大切な人の命を奪って、“不純”を贈ってみたのだよ。そしてソレはうまくいった、彼は見事に汚れ乱心しているようだ。そうして、凶王はとうとう、同盟していた長曾我部一族をも…」
そこまで独りごちると、松永は膝の上できょとん、としている姫の頭を撫でながらかむりを振った。
「姫にはまだ難しいかもね。でももう少し大きくなったら分かるやもしれない。本当に恐ろしいのはね、姫。狡賢い盗人でもなければ、残忍な奸賊でもない。偽ることを知らずに唯ひとつに想いを、命を懸けられる、真っ直ぐな魂なのだよ」
何故なら、ソレの歯車が一度狂わば。
「そして、凶王の歯車を狂わして君らの長曾我部縁者を根絶やしにさせたのは、元を辿ればきっと私だ」
ソレは偽りのない松永の言葉であり真実であったが――幼い姫には、なにひとつ解せなくて。
「わかりません、安寿にはわからない」
殿、だからいってはだめです、と未だ繰り返すおさなごに、松永は力無く笑んで、少し疲れたように。
「…簡単に云おう」
いつもやさしいはずの声音が、酷く冷たく響いた。
「安寿、お前と厨子王丸の親御の仇は、この私、松永弾正久秀だ」
は、と。
幼い姫の瞳が驚きで見開かれ――凍った。
もう笑んではいない、男の酷く真剣な、琥珀の瞳。
庇護者ではなく、其処に居るのはひとりのもののふであり、男であった。
だが――
「でも、殿はたすけてくれました」
厨子王丸を、と。
震える声音で伝えられて、松永の凍った表情が微かに解けた。
「殿がととさまとかかさまをあやめたとしても、殿はたすけてくださいました」
そして、ぽろぽろと。大粒の涙を幾筋も流しながら、彼女は続けた。
「ほんとうにこわかったの。知らない軍がせめてきて、ととさまももとちかあにさまといっしょにいってしまっていて、かかさまはいそいで安寿と厨子王丸を、あの石垣の穴にかくしたの。たくさんてっぽうのおとがして、じじょらのひめいが…こわかった…!いつのまにか静かになっていて、でもぜったいここからでちゃいけないって、かかさまにいわれていたから、おなかがすいてもさむくても、うごけなかったの、でも厨子王丸がおなかすいたよう、てなくでしょ。なんとかしてあげたくても…そこに、殿がきてくれたのよ」
ぎゅ、と。
松永の膝の袴を握り締めながら、きらきらと。大きな瞳を水鏡のようにきらめかせて、おさなごは男の瞳を真っ直ぐに見詰めながら云った。
「だから、たとえ殿がほんとうにととさまとかかさまをあやめたのだとしても、安寿はかまいません。殿は、ととさまとかかさまの代わりになろうと、してくれたのだから」
其の言の葉に――信じられない、と。
軽く眩暈を覚えて、松永は静かに横に顔を背けながら、片手で目元を覆った。
なんという。なんということだ、と。
欲の侭に生きる。
ソレこそが己が信条で、ソレがどのような結果を招いてきたとしても、一度たりとも悔いすることなどなかった筈なのに。私は、今――まさか。
膝の上に在るあたたかな温度の持ち主との数奇な運命のことに、松永は静かに瞳を閉じて、久方振りの感情に歯を食い縛っていた。
認めるな。弾正。
そう、心の中で繰り返す。
認めるな。私よ。
だが、このぬくもりだけは――
「どうやら、消えて呉れない」
ふいにそう呟いて、松永は安寿姫を静かに抱き上げて一度だけ、抱き締めてみた。
やわらかい、まだ乳のにおいさえ残る姫を。
「――名も知れぬ街道の、名も知れぬひとりの仔。其れが、今はほんの少し満たされて――笑んでいる」
そして松永はフッ、といつもどうり――琥珀の瞳を細め、梟雄に相応しい底知れぬ不思議な表情で続けた。
「感謝するよ、安寿。お前は私に贈り物を呉れた」
私はお前から奪ったのにね、と。
安寿の身を剥がしてみれば、彼女はもうこらきれずにえっえっ、と声を上げて泣いていた。
告げられた真実と、でも己の心の内の嵐に、耐え切れずに。そして頬を撫でる松永の顔をぐしゃぐしゃの顔で見上げながら、それでも行かないで、行かないでと、幼い姫は縋った。
「願わくば、其の心のままおおきくおなり。だが、いつかお前が私を殺しに来ても、其れは其れで本望なのだ」
其れが私、弾す正さ。
「私は欺瞞を見抜く。ソレは己自身に対してもそうだ。だから安寿、お前は決して忘れてはいけない。お前と弟の親御の真なる仇はこの私。決して忘れてはいけないよ」
其処まで云うと、松永はひどくおとなしくしていた厨子王丸を抱えていた侍女に、ぐずり続ける安寿姫を預け渡し――
「たれかある」
張り上げられた声音に、小姓らが静かに身を現して主の命を待った。
「具足を持て。夜が明ける頃には全軍、出るぞ」
ふいに騒々しくなった城中の今までにない空気に、侍女に肩を抱かれながら、安寿はそれでも祈った。
いかないで。いかないで。
どうしても、そう想わずにはいられなかった。
もしかしたら。そう、もしかしてまた、ととさまやかかさまのように。
二度と殿と逢えなかったら、安寿と厨子王丸はまた名前を失ってしまうのに、と。



久方振りに纏う重い甲冑と、派手な白菫の地に漆黒と金色が絶妙に配された陣羽織に。
頭の中が冴え渡っていくのを、三好三兄弟の長兄――長逸は、かちゃり、と大太刀を鳴らして曙やうやうと朱往く空を見上げた。
凶王軍。
間者から報告されたその規模は、毛利軍を含めて前よりも遥かに膨れあがっているうえに、統率されていると云う。
厄介だな。
珍しく気が進んでいない己に戸惑う。
いつもなら、死神としての役目を果たすまで。命が散ったらソレはソレ。と何の恐れもなかった。死よりも恐ろしいのは――自分にとっては、あの男が自分から興味を失くして抱いて呉れなくなることだったのだから。
「…厄介だな…」
思わず呟いた時。
たたた、と。
可愛らしい、めのこの足音と「姫様!」「なりませぬ、お戻りを!」という侍女らの悲鳴が響いて。
たたた、と。
止める侍女らの手を振り解き、安寿姫が駆け寄ったのは、陣の先頭で静かに騎乗した松永ではなく――物々しい甲冑に身を包んだ三好の長兄であった。
「みよしのあにさま」
縋るように。小さな手で、くいくいと、姫は三好の長兄の草摺の裾を引っ張って。
「これ、おまもりです」
そう云って、姫は涙に潤む瞳で、必死に小さな可愛らしい守り袋を三好の長兄に差出した。
「あつたのもりの、くさなぎのつるぎのかみさまのおまもり。殿におねがいしたの」
其の言葉に――般若の面の下の焦げ茶の瞳が見開かれ、彼は思わずしゃがんで彼女の手を取り視線を合わせた。
「みよしのあにさま、おねがい、かならずかえってきて」
涙に震える幼い声音の、なんと愛らしく心震えることよ。
「殿をおまもりして、かならずかえってきて。安寿はお待ちもうしあげております」
必死で其処まで――凛として云う姫の顔を覗き込みながら。彼女の手を確かに包み込みながら。二人の弟が呆気に取られているのを背中に感じながらも、彼は応えずにはいられなかった。
嗚呼、姫よ。俺とて同じなのだ、と。
「――姫。俺は此の命と引換にしてでも、殿をお守りする」
こんな優しい声音が己に未だ出せたのだ、と。自分自身で驚きながら、彼は続けた。
「だから、泣かなくていい。此処で待っていればいい。殿の帰りを」
其の言葉に――安寿は花がほころぶように、笑った。
きらきらと、黒い瞳を輝かせながら。
「ありがとう、あにさま」
彼女の無邪気な笑みに、思わずふ、と笑みを返す己に。信じられないと想いながら、彼はまた静かに頷いた。
「あにさまも、かえってきてね。安寿、待っているから。いっしょに、お花つんで遊んでね」
殿もいっしょよ、と続ける彼女の頬を撫でながら。彼は苦く、甘く想った。
嗚呼、俺は死神に成ったと想っていたのに。
こんなにも、未だ“人”なのだと。
そして「お前のそういう処が好きだよ」と笑む、情人のことを想いながら。
生きて帰りたいと。愚かに、久方ぶりに想ってしまう身だからこそ、何か――拭い難い、暗雲を感じながら。
「出陣ッ!!」
と、高らかにほら貝を吹く兵の声音を聞きながら、彼は想った。
死は、死神は――死を恐れる者の背を真っ先に狙うというのに、と。
俺は、死にたくないと想ってしまっている、と。






梟雄と凶王



蟻のようだな、と群がる石田――凶王軍の兵らに、松永は何の感慨もなく一瞥を呉れた。
戦は既に始まっていて、松永軍と石田軍、あの日のように入り乱れての陣地の奪い合いが続く。其の最中を影のように進みながら、松永はかつて東照権現と呼ばれた青年と凶王が死合った高見を見上げた。
「お前達、分かっているな」
後ろに控える死神三人に、背を向けたまま静かに命じる。
「はっ」
答えたのは長兄であった。
「蟻一匹、この上には往かせませぬ」
其の言葉に、フッと笑む。
一体どのくらい、こうして共に在ったろう、と。この若い情人がいつのまにかここまで己の心中を察せられるようになっていたことに、松永は少し、いとおしくなった。
「諸君らはなんだね?」
ふいの主の問いに、三好の弟達が不思議そうに顔を見合わせた。
「諸君らは、死神だ。私のタメに私に刃を向ける者共に絶望という名の死をいかんなく降り注がせる。故に、諸君らに撤退と――討ち死には許されない」
三好の長兄は、其の言葉に――はっと瞳を見開いた後、すぐに「御意」と静かに答えて。ふふ、と彼の声に満足そうにして、音も無く梟雄は、今一度関ヶ原の血戦の高見へと歩を進めた。



「来たか」
凶王は、あの時とはまた違う――銀色の地に瑠璃色亀甲紋の裏地が映える羽根の様な陣羽織の下に、南蛮鎧によく似た甲冑を纏い、其処に居た。
凛とした細身の手足、酷く蒼白い細面。映える銀髪、薄く整った唇。
矢張り美しいな、まるで月下美人の華のよう、と感心しながら――だが、あの頃よりも暗くなったな。其の瞳が。と。満足げに、梟雄は微かに会釈して「御機嫌よう、凶王殿」と微笑んだ。
「御招き、まことに光栄だよ」
相も変わらずの優雅さで続ける梟に、三成は瞬きのひとつも呉れずに暗い瞳で睨みを寄越した後――す、と。
右手に抱える茶器を。九十九茄子を差し出して見せた。
松永の笑みがすう、と引かれて、彼はざり、と半身を引いて宝剣をちゃきり、と鳴らした。敵意。
「約束の品だ」
私は決して違えない。
そう呟くと、三成は――ぶん、と。
ソレを投げて寄越した。
宝などと微塵も想わぬその素振りに、松永は珍しく目元に皺を寄せて無言でぱしり。投げて寄越された、焼き物の無事を俯いて確かめた。
「…まったく、卿の風情を解せぬ無神経さは罪だな」
「知るか。数寄道に興味は無い」
「やれやれ、卿の親御が苦心して飾り立てたというのにね。その陣羽織も」
はあ、と心底疲れる、という風に溜息をわざとらしく吐くと、松永はふいに
「これへ」
と低く呟いた。
次の瞬間、闇色の装束に身を包んだ忍が何人か、松永の横に現れて。
「コレを、安寿と厨子王丸のもとへ。今直ぐに、だ」
「――御意」
松永は胸から絹の袱紗を取り出して、さっと宝を――ふたりのタメに包んで忍に託した。
「――さて。九十九茄子については礼を云おう。私の大切な子らの宝なのだ」
軽く頭を垂れて松永は微笑み、問うた。目の前に幽けし月影のように、いや、まるで幽霊のように――冷たく立つ若武者に向って。
「そして、卿は引き換えに何を希むかね」
「……噺をさせろ」
ほんの少しの沈黙の後、紡がれた凶王の言葉に。松永の琥珀の瞳が微かに動いた。
「かつて。貴様が踏み拉いた、呆れるほどに愚直で純粋な魂が在った」
三成が、凍ったように無表情な面で続ける。
「其れは、己の信じた主君の夢を――己の夢と信じて数多の血を流した。そして、己の主君を夢の途中で討った、かつての輩を此の地にて追い詰め、殺して主を護れなかった己の罪も殺そうとした。だが――」
三成がふ、と息を吐き、長い細いうなじを――晒して顔を何処にでもなく背け、ふいに透き通る苔の生す色合いの瞳から――涙を。静かに涙を零した。
「私が殺す筈だったあの男は、思いも寄らなかった闖入者によって奪われた。あまりにも呆気なく、残酷に」
嗚呼、と。
冷たい頬に透明な涙を伝わせながら、彼は泣いていた。
語りながら想わず甦る、それはそう、恋焦がれた人の面影が勝手に甦るから。
「私はあの瞬間、解ってしまった。私は、私は…」
「そうだ、卿が求めていたのは主君の仇でも、彼の夢見た世界でもない」
三成の言葉を受け継いだのは、その――いとしい男を奪った梟雄であった。
「あの男、あの男にこそ恋焦がれ、千切れるほどに希ったのだろう?」
松永の愉悦に満ちた声音に、三成もまた――泣き顔のような不思議な笑みを堪えきれず、口元にいびつな弧を描かせて答えた。
「そうだ」
ざり、ざり。
じりじりと互いの間合いを計りながら、円を描くようににじり寄りながら。琥珀色の猛禽のような瞳と、透き通る苔色の双眸が絡み合い火花が散る。
「そうだとも」
松永が、導くように哂った。低く。
「卿が本当に欲しかったのは、天下でも覇王の威光の復活でもない、そうだろう?」
「嗚呼、私が欲しかったのは、天下でも、豊臣の復権でもない」
三成が答える。
「そうだ、汚れなき忠誠を装い、卿が自分でも認めたくなくて隠した歪つで醜い――我欲を」
松永が哂った。声高らかに。哂いながら、勝ち誇るように彼は宣言した。
「さあ、云ってみせて呉れ。卿の声音で響かせて呉れ」
「――あの男の首級が欲しいのだ」
貴様のお陰で悟った、と。くくく、と押し殺した――三成の哂い声が響く。
「刑部も失い、長曾我部も鬼島津も大友も。軍神までをもこの手にかけ皆殺し、ソレでも私は未だ――」
飢えている。
「家康の首が欲しい」
「そうだ」
「あの男の首をこの胸に抱けるのならば、他には何も要らない」
「そうだ…其の言の葉を待っていたよ、凶王…!!」
松永が、残忍な笑みをほころばせながら心から嬉しそうに。
「私の贈った“不純”は見事華開いた。卿は認めたのだ、そして壊れることも出来ぬまま、嗚呼、彷徨ったのだね。止めようとする者どもを血祭りにあげながら。最早頑なな忠誠や義を貫く理由よりも、解ってしまった――覇王への想いよりも、あの籠の中の太陽にこそ、焦がれていたのだと。欲しくて堪らなかったのは、覇王の黄泉還りなどではなく、彼の声だろう?」
一体どれ程の優しさで、彼は“みつなり”と囁いたのだろうね。
松永もまた、心から沸き上がる久々の――名づけ難い恍惚に、酔うように続けた。
「愛しているのだね、彼を」
「そう」
三成の歩みがふ、と止まり――俯いて、長い銀糸の前髪に、其の表情は覆い隠された。
「――いとおしい」
まるで血が滲むような、震える声音が。
関ヶ原の灰色の空に虚ろに響いて。
「いとおしかった。あの男だけが、あの男の腕が、温度が、匂いが、くちびるだけが、私を温められた」
上げられた白い面に、確かな狂気が揺らめいて。
彼は云った。はっきりとした声音で。其れはまるで歌うように。
「私はあの男だけが欲しい」
其の言の葉に、松永の双眸が見開かれ――笑みは零れた。
「そうだ…!」
琥珀の瞳を見開いて、梟雄は哂った。
嗚呼、私もまたこんなにも愚かに――見てみたかったのだ。そう、悟りながら。
「なんと美しくも、浅ましく醜い我欲だ…!そうだよ凶王、それでいい…!卿の純潔を奪い主君を奪い、それでも奇麗事を並べたあの太陽を、嗚呼、居なくては卿は輝けない…!!日の本を火の海にしても欲しいのだね、未だ欲しているのか…!?」
松永の高揚とした問いに、三成が静かに――あまりにも静かに顔を上げながら――哂った。そして、彼は云った。其れは己自身にも告げるかの如く。
「欲しい」
やわらかに。信じられないほどにやわらかに、彼は笑みながら答えた。
「家康が欲しい。他には何も要らない。取り戻せるなら、私は此の世のすべてを焼き尽くしても構わない」
其の、余りにも無垢で無邪気なことに。
松永は息を呑みながら、思わず魅入った。
「私の羽根は、もう元には戻らない」
汚れてしまった、と続けながらも最後の涙をひとすじ落とす若者の、それでもなんと透明で美しきこと。
得難き宝だ、と松永は頷いた。そうだ、それでいい、と。
人とはまこと、そう在るべきだと。
「凶王殿、心から感謝するよ。籠の中の太陽と同じく、卿は本当に得難き宝を私に見せて呉れた。まったく、だから“生きる”ということは止められない」
くく、と哂う梟雄に向かい、三成は――もう言葉を止めて、ぶんっと重い大太刀を宙に舞わせ、それからぱしり、と受け止めると、柄の切っ先を己からいとおしい太陽を奪った男に向けて。
「松永弾正久秀。私があのモノと引き換えに希むのは、最後に家康の血を受け止めた貴様の左腕。血を。首を舞わせて天へと堕とす」
其の宣言を合図に。
瞬ッと二人の足元が響いて、関ヶ原の砂埃が舞い散った。
ガキィイ…ンッ!!と。
次の瞬間、幾尺か離れていた二人のもののふの距離は互いの刃がかち合うまでになっていて、ぶつかりあったそれが火花を散らした。
「苛烈、苛烈!!」
くはは、と。
さも愉しそうに哂う松永とは正反対に、三成の暗い眼は酷く無表情でだが――狂気に見開かれて血走っていた。もう其の顔に、笑みは無く。
ギリギリと、嫌な金属と金属の摩れる歯の浮くような音が響く。
「――ふっ!」
ガキィイン、と松永が後ろに身体を滑らせながら三成の大太刀を弾き返せば、逃すものかと彼の号哭が松永の身を追いかける。
其処にばっと黒い火薬を撒きながら、松永はなおも凶王の太刀筋から間合いを離そうとしたが――


――疾い!!


一瞬、強張る頬に己で驚く。
疾くなった。なっている。
かつて踏み拉いた頃とは別格に――この若者は、強くなっている。
次の瞬間、懐まで間合いを詰められて、松永の身体は凶王の一薙ぎで地に転がされた。途切れなく、三成の凶刃がガッと松永の背を狙って地面にのめり込む。
間一髪でごろごろと身体を回しながら松永は一太刀から逃れ、滑るように立ち直り宝刀をちゃきんっと鳴らした。
「まったく…年寄りにとんでもない仕打ちをしてくれるな」
上がった息を収めながら、松永は苦く哂った。
この若者と同じくらいの齢であったら、もう少し楽であったかな、と思案を巡らせながら。
三成が氷の様な無表情で、再び鬱屈を放ち、一気に間合いを詰めた後、刹那の疾さで松永に怒涛の連檄を叩き込む。
宝刀でキンキンッとそれらをなんとか防ぎながら、松永は機を窺う。
疾い。ならば――近づけさせては、こちらの勝ちは無い。
「――シッ!!」
次に放たれた慙悔の雨あられを、琥珀色の瞳はかっと息を止めて――
「無聊、無聊!!」
ガイインッッと、梟雄は凶王の連檄を見切って弾き返した。
「――クッ!!」
ズサァァア、と地に滑りながら立ち直ろうとする三成の足元を――ふいに、黒い禍つが捉えて。
パチンッと。
松永が毒爪の仕込まれた指を鳴らしてみれば、ガガッと地面は爆風を起こしながら隆起して。
「ぐあっっ!?」
爆発する足元に飲み込まれて、三成は驚愕と共に浮かび上がり――次の瞬間、渦巻く焔に身を焼かれていた。
「…疾さで負けるのならば」
松永が、次の火薬を撒きながら、不遜な笑みを。
「間合いに近寄らせなければよいだけのこと!!」
パチン、と。
再びの爆音と共に走る劫火で、三成の身体は梟雄から遥か遠くに押しやられていた。
「…クソ…ッッ」
焼かれながら、三成がはあはあと息を荒げ顔を上げてぎりぎりと歯を食い縛った。
なんとかして。懐に飛び込まねば。
シュンッと身体を横に滑らせながら、松永の死角を狙う。
すると今度は――予想と反して、松永は一気にこちらに間合いを詰めて、横薙ぎの一閃と共に再び爆風を起こしながら、また火薬を三成に向って浴びせて。
斬ッと再び慙悔でそれらを散らした三成だったが、次の瞬間また放たれる焔の道に行く手を遮られて思うように間合いを詰められない。
焦りが、凶王の思考を支配しだした。
これでは、まるであの日のようではないか。と。
二人がかりで挑んだのに、何故勝てなかった?其れはそう――今のように、この男の操る――
思わず、足が止まる。
あの恐怖。
捕らわれた次には、気付けば琥珀色の梟の瞳は――無響で、あっという間に己の懐に間合いを詰めていて。
「さあて」
囁きと共に、梟雄は容赦なく、凶王の首をあの日東照にしたように――締め上げていた。
「卿から生じる音色は、何色かな?」
「…が…っ」
眼を血走らせて己を睨みつけてくる若者を、さも愉快そうに松永は見上げた。
「あの頃よりも暗い闇色か。それとも――さあ」
見せて呉れ給まえ。
次の瞬間、轟音が関ヶ原の朱けた空に響き、三成はあの日のように地に無様に転がされていた。
「…闇、か」
まあ、無いよりはいい。
そう云いながら、ざり、ざり。
松永は、地に突っ伏す三成の傍へと優雅に歩み寄り――
「凶王殿。さあ、地獄の底で卿の愛しい愛しい、東照も待ち焦がれていよう」
葬って差し上げよう。
そう云いながら、松永が高々と宝刀を差し上げた時だった。
ザンッと。
音も無く、其れは松永の背を斬った。
「…な…ッ」
思いも寄らなかった衝撃に、松永が崩れ落ちる。そして――
「梟雄殿」
低く、だが艶やかな声音に松永が、微かに動かせる首だけを上げて、其の方を見やった。
背中に、生首としゃれこうべを模った禍々しい双の刃。
僧とは思えぬ暗い風貌の銀色の影を見止め、松永は息を呑んだ。
「…卿、は」
「御久しゅう御座います」
微かに、笑みを含ませながら。金色の眼が細められる。
「どうですか、いつも踏み踏み躙る側に在った御自身が、踏み躙られる御気分は」
「……そう、か」
僧の言葉に、梟雄は察したようだった。そうか。この段取り、全ては――
「卿の、仕業か」
其の言葉に、僧は慈愛に満ちた笑みで頷いて魅せた。
僧――天海は、物憂げに首を傾けながら、愉しそうにクックッ、と喉を鳴らして松永を見下ろしていた。
「貴方の御気に召したら幸いなのですが」
「…こ、れは、これは」
松永もまた、クック、と。斬られた痛みを逸らすように、喉を鳴らして。
「まさか卿が凶王に憑り依いてようとは」
思いも寄らなかったよ、と地に倒されながらも変わらずに不敵に笑む梟雄に向って金色の瞳を蛇のように向けながら。天海は続けた。
「貴方は私から二度も信長公を奪った」
天海――いや、コレはそんな名ではなかった――は冷たい宣言と共に、松永を勢いよく足蹴にして仰向かせた後、ざんっと。
「…がっっ」
その肚に、無慈悲に鎌を衝きたてた。
松永は、貫かれた腸を庇いながら、不思議と冷たい頭で想った。
そうか。全ては繋がって、今、集束しようとしているのだと。
そして。嗚呼、これでは己がまるで、燭蛾のようだと。太陽と月の恋に目が眩み、誘われ此処に来て――
く、と息を吐く松永を鋭く冷たい眼差しで見下ろしながら、天海は続けた。
「私がどれ程の時を費やしあの方が現世へと黄泉還れるよう計らったか、ご存知ではないでしょう…私が貴方に名を奪われ、それでも想い断てずにあの方を求めて黄泉還りの秘法を遥か北の地まで捜し求めたことなど…」
微かに。確かに狂気を白い顔に宿した天海の向こうで、三成が立ち上がる。
「魔の妹、お市ももう居ない…!!魔王の血筋は現世から永遠に失われた!貴方は私から永遠に信長公を奪い去ったのだ!!」
天海の叫びに、松永は嗚呼、そういえばそんな郎党も在ったな、と。ざんざんと己に近寄ってくる三成に視線を移して。
「これは私の復讐です」
天海の言葉に、松永は心底侮蔑したような声音で、応えた。
「したところで、卿の愛しい魔王は黄泉還るものか」
私が滅したのだから。
其の言葉に、天海の瞳は血走って――次には横に並んだ凶王へと向けられて。
「さあ」
鎌の切っ先で松永を捕らえ、腸を裂く様に引き摺りながら。
天海は三成に向ってひとつ、頷いた。
「凶王様、今こそ――この者の血で貴方のいとしいいとしい、権現を喚び寄せましょう」
其の言葉に、三成は頷きひとつも寄越さずに、無言のままで長い大太刀を抜刀した。そして高々と天に向かい掲げて――
「梟雄」
微かに笑むような。不思議な声音で彼は囁いた。
「私の為に死ね」
そして、紫の軌跡が松永に下ろされようとした瞬間だった。
ひゅんひゅんひゅん、と風を切る音が幾重にも重なって、ごうごうと一瞬嵐が降ってきたような音の後――
嵐のような矢が無数に――関ヶ原の高見に居たはずの三者を、貫いた。
「――ぐはァッ!?」
「――ッッ!!?」
三成と天海が、己を貫く矢の雨に崩れ落ちる。だが――松永は、感じなかった。己を射抜く筈の、矢の嵐を。そして己を蔽う影と重さに気付き、切り裂かれた腹を庇いながらもなんとか身を起こし――
「お前…!」
己を、無数の矢の雨から庇って。
針山のような無残な姿になって、三好の長兄は姫との約束どうり――命を張って主を守った。
奇襲――狙い澄ましたかのように、陣の裏側の小高い丘から。
毛利元就と率いられる弓を番えたつわものたちが、既に次の矢を構えて――
「どうせこのような茶番だと思っていたわ」
冷たく、鋭く張りの有る声音が関ヶ原の虚空に響き渡り、彼は鶯の色が混じる明るい瞳を細めて「ふん」、と何時ものように長い睫を伏せながら己の射った者共を見下ろした。
「…ッッ毛利…ッ…貴様…!?」
松永がはっと其の声音で気付いて顔を横にやれば、其処に――無数の矢で身体を射抜かれ、息も絶え絶えの凶王の姿、そして――同じく、こちらは首にまともに一本喰らい、ひゅー、ひゅーと息を気道から洩らしながら血走った眼で毛利を睨みつけている天海が、倒れているのをみとめた。
「石田、矢張り貴様に天下は任せられぬな」
ほんの少しの哀れみを込めたかのように。毛利はふるふると細い首を横に振った。
「大谷、貴様の苦労、まこと感じ入るぞ。まあ、地獄でもせいぜい睦まじく、な」
次には血走った天海の金色の瞳を、微塵も恐れずに見下ろしながら。
「天海…いや、明智光秀」
其の名で呼ばれたことに、天海がひゅう、と一際高い息を、穴の開いた首から零した。
「貴様はあの本能寺の変で死んだのだ。死人が未練がましくしゃしゃり出てくるでないわ」
そして――ゆっくりと。三好の長兄を抱えながら、琥珀の――梟の鋭い睨みを放つ松永と。毛利元就は暫し、無言の火花を散らした後。
先に口を開いたのは、毛利だった。
「――松永弾正久秀。貴様、かつて我から貰うものは何も無い、とほざきおったな」
「ほう、そんなこともあったかね」
相変わらず、動じない不遜な笑み。
其れに苛つく己を制しながら、毛利もまた、高見から松永を見下しながら続けた。
「何故なら、我が何も持っておらぬからだと。そう、そのとうりであった。我は耐えた。なにものをも欲さず、ただ耐えた。そして、空の手だったからこそ、今こそ掴む。天下を!!」
毛利の宣言に、少し疲れたように、松永はかむりを横に振った。
「そうか」
好きにするがいい。
松永のどうでもいい、というような響きの答えに「…ッ」と毛利が歯軋りをした。
そしてそんな毛利を意に介さず、松永は己の腕の中で息も絶え絶えの、腹心であり未だ若い、情人である青年の面頬を剥ぎ取って、蒼白い素顔を血で染まった白い手袋で撫でた。
「…殿…」
ご無事か、と。
血を吹きながら必死で、弱々しく問う青年のくちびるをそっと指で撫でながら「喋るな」と松永は低く呻いた。
「…赦せ」
「…ひさ、ひで…さ…」
梟雄の謝罪の言葉に、青年が驚きで切れ長の二重の整った瞳を見開いた。
「逝くな、長逸」
「……」
伽の中以外で。戦場で、久方ぶりにそう――名を呼ばれたことに、青年は満足そうに微笑んだ。
「…久秀、さ…ま」
どうか、お帰りください。
青年がもう声を出せず、だが瞳で必死にそう語りかけてきたので。
「嗚呼」
松永は、酷くやさしく笑って魅せた。
其れは、安寿と厨子王丸に笑むのとはまったく違う、恋慕と艶を乗せた、血と焔のかおり漂う戦場でもなんて艶やかに――
「帰ろうか。お前も飽いたろう、長逸」
こんなつまらない幕切れ。と。
低く、低く呟きながら、松永は青年の身体をそっと地面に下ろした後、静かに立ち上がった。
どくどくと、豪奢な陣羽織の片側、血に染め上げさせながら。
「なんだと…?」
其の様に、高見から様子を窺っていた毛利が小さく叫んだ。
どうして。あの傷で立ち上がれるのだ、と。
「つまらないな」
そして、次には。
関ヶ原の、あの日と同じような灰色の空に深く響く声を張り上げて。
「なあ、凶王、卿もそう思うだろう?」
「なッ…に…ッ!?」
全身に痛々しく矢を背負いながらも、必死で立ち上がり毛利に向おうとする三成に向かい、松永はいつものように底知れぬ笑みを投げ掛けた。
「卿を送る最後の宴の舞台が、こんな無粋な横槍で台無しだ。これでは先に逝った東照もがっかりだろう――いや」

私が、許せないな。

「では凶王殿、参ろうか」
「なんだ、と――」
「入り口までくらいなら、御供するよ」
そう云って無邪気なくらいに――愉しそうに微笑む梟雄の顔に、底知れぬ狂気を――己の持つモノとはまた異質な、それはどこまでも生々しくどろりとした、血反吐の塊のような――を感じ入って、三成は悟った。
そうか。この男にしれみれば。
家康、私、天下、命。
すべてが只――
「な――」
高々と掲げられた松永の左腕の黒い帷子の篭手から、信じられない程の黒い禍々しい火薬が零れだしたので、己が高見にいる、というにもかかわらず、毛利はじり、と一歩、二歩と後退さった。

「此の世は死灰だ」

ぶわり。

優雅に彼の腕が横に振られ、三成は其の様に――嗚呼、貴様を失ったあの日のよう、と、不思議と冷め切った頭でコトの顛末を見届けようとしていた。これが、己の愚かな我欲が招いた無様な最期なのだとも。だが――
「梟雄」
ふいに、三成が静かに――まるで正気を取り戻したかのような静かな声音で、松永に向って呼び掛けた。
「礼を云う」
三成の、透き通った苔の生す色合いの瞳を一瞬見返しながら。松永もまた、ほう、と応えて。
「これでやっと――」

いえやす。

そう呟いて、三成が崩れ落ちたのを見届けると。
其の横で藻掻く天海――明智光秀に、ああ、そういえば居たのだな、一瞥を呉れた後。

「私がそう、決めた……!!」

パチン、と。
彼の左手に仕込まれた毒爪が打ち鳴らされ、火種が点き――関ヶ原の空が今一度、あの日のように、真っ赤に染まった。
一面の燃え盛る、焔。
「――元就様、お下がりください!!」「殿をお守りしろッッ!!」
離れているはずの丘の上にまで這い上がる焔の群れに、愕然と毛利元就は――微かに鶯の色を潜ませる明るい色の瞳を見開きながら、「莫迦…な…」と一面の赤を見詰めていた。
己が手を下すまでもなく。
一面の焔に包まれる関ヶ原の地を見下ろしながら、元就は想った。
莫迦な。と。
貴様は一体何を欲し、何を我に渡すまいと――こんな愚行に至ったのだ、と――
めらめらと。
燃え上がり朱色に染まる空を仰ぎながら、毛利家の長は
「…天下、など…」
と、微かに喉仏を震わせて瞳を閉じた。









日輪と帳



今は己のものとなった大坂城の天守から、地上の悲話などそしらぬように静かに沈みゆく赤い日輪に、毛利元就は少し目を細めた。
幾重にも美しい色んな緑で織り上げられた戦装束は、未だ脱がない。
そう、未だ――
「元就様」
家臣の赤川の畏まった呼び掛けに、振り向いて続きを促す。
「関ヶ原の者たちより、報告に御座います」
「話せ」
「はっ。あの焼け野原から、見つけられたのは…恐らく、凶王石田三成と天海と思われる二体の、焼け焦げた骸だけだったと…」
赤川の戸惑いの滲む報告に、振り返りながら毛利元就はいつものように冷たく毅然と細い顎を上げながら、問いただした。
「本当に、くまなく捜索したのであろうな」
「はっ…!しかし、どうしても二体しか見つけられなかったと、忍頭も…」
赤川の冷や汗の滲んだ答えに、元就はもう何も云わずに瞳を伏せて、口を真一文字に結んだ。
「では、奴の根城であった大和の隠し砦は」
「それが…そちらも、別働隊が出向いた時には、城は火を上げて燃えていたと」
「…なんだと?」
元就の明るい色の瞳が見開かれ、一瞬、脳裏に自らに火を放った梟雄の姿が過ぎった。
「それで、城は」
「はっ。後かたなく燃え落ちて…その後を別働隊はくまなく捜索したのですが、奇妙なことに」
赤川が冷や汗を無意識に拭いながら、続けた。
「焼け跡から、骸のひとつも出てこなかったというのです。まるで、城を空にしてから我らに見せ付けるように燃やしたようだった、と国司が申しております」
其の報告に――元就が身を返して、沈みゆく夕陽を――いや、虚空を。睨みつけた。
梟雄よ。貴様、矢張り――
其処まで元就が想いを馳せると、ふいに。
大坂城の暗い森の中から、梟のほうほう、という低い啼き声が聴こえたので。
元就ははっとして、其の啼き声のほうを振り返り、息を止めてあの――男の琥珀色の瞳が歪むように脳裏に甦り。
背筋に信じられない悪寒が走るのを、堪えられない己に信じられない、と切れ長の瞳を見開いた。
ほうほう、と。
今一度、まるで嘲笑うかのように夕闇に響く声音を。元就は
「…貴様は、我より下ぞ…」
と。
云い聞かせる様に、梟の啼き声を睨みつけた。

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ゆみのや

Author:ゆみのや
戦国BASARA3の石田三成にぞっこん一目惚れいたし
こっそり応援し隊所存にございます。

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