BASARAの石田を幸せにし隊。

戦国BASARA3の石田三成をひたすらに応援するこっそり避難ブログ

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名残雨

新年第一発目小噺は、豊臣一家シリーズです。
秀吉と官兵衛のお噺。
まだふたりがいっしょに肩を並べていた頃、
だけどふたりにとって一番大切だったかもしれない人がいない頃の、お噺。
です。
ハトさんちの『二兵衛におまかせ!』に参加させて頂いた、
『卯月の頃』の姉妹作になりました。
なのでハトさんに捧げます・・・!

あとここに佐吉と紀之介の噺が来て、豊臣一家篇は完結です。

いつも拍手ありがとうございます。
今年も結局、オフラインも含めBASARAってきますので、
何卒よしなに・・・!


さらさらと、春の風に乗って色んな花の馨りが舞って来る。
大坂城は西丸殿の広大な庭を横目に眺めながら、黒田官兵衛は枯草色の羽織を靡かせながら、回廊を歩いていた。
はあ、と溜息を吐いてしまうのは、これから訪れる相手が至極苦手だからだろう。だが、季節の変わり目に決まって体調を崩すのが相手の恒例行事であり、今は其れを大事に世話する――彼の人が、もう此の世に居ない。
いつもなら「お前さんの云うことなら聴くだろうよ」とすべて放り投げていたことを、嫌でも成さねばならないのだ。大谷刑部に任す、という手もあるが、残念なことにそちらも自分にとって至極苦手な相手であり。
「…治部少輔殿はちったぁ良くなったかねぇ」
誰にでもなくひとりごちながら、とうとう治部少輔――石田三成が臥せる床の間の前に辿り着いた時。
「…秀吉!?」
三成の部屋から顔を出したのが、西丸殿では滅多に見られぬ巨躯の影だったので、官兵衛は思わず彼の天下人をまだ“駆け出し”だった頃と同じように呼んでしまった。後、気まずそうに「とと、た、太閤殿下…」と頭を垂れたが。
「よい、官兵衛」
少し白髪が増えた。
鮮やかな深緋の――城内であるから軽装にはなっているが――装束に似合う、丹色の混じった明るい髪が、もみあげが。
彼が逝ってしまってから、段々と薄く、白い筋混じりになってきている。
歳相応、といえばそれまでなのだが、官兵衛には、その白髪が酷く――胸騒ぎを感じさせる色に思えてならない。
そんな思惑を巡らせる官兵衛の暗い表情に気付いたのか、秀吉が二重の彫り深い紅い目を細めて、怪訝に彼に問うた。
「どうした、官兵衛。其の様に口をへの字に曲げて。また運が遠のくぞ」
「……ッ!?」
秀吉の思わぬからかいに、官兵衛が鳩が豆鉄砲でも喰らったかのように口を開けて。其の様に、秀吉は堪えきれぬように肩を揺らして「はっはっはっ」と、戦場でもよく通る太い男らしい声音で笑う。
「三成に何か用であったか」
「あ、ああ」
気まずそうにぼりぼりと黒い漆黒の髪を掻きながら、官兵衛は脇に抱えていた書状の束を抱えなおした。
「北条方から返答が来てな。半兵衛が居りゃぁあいつに振るとこなんだが、あの野郎、小生に面倒な事全部押し付けて勝手に逝きやがっただろう?仕方なしに治部少輔殿に御伺いを立てようと思ったんだが」
官兵衛が歯に衣着せぬ言葉をつらつらと秀吉に――あの頃――と同じ様に云った後。秀吉は、静かに三成の臥せる寝所を見やって、それから
「すまんが、またにしてやってくれんか。ようやく寝付いたのだ」
と、官兵衛に告げた。
其の表情の酷く優しいことに――官兵衛は、思わず心の中で舌打ちをする。
まったく。
お前さんといい、あいつといい。
だから、佐吉は――三成は――
「…へーへー。そいじゃそうしますかね。だがよ、秀吉。これだけは肝に命じておいてくれよ」
官兵衛の宣言に、秀吉が目を瞠って首を微かに傾けた。
「…甘やかすのは、何よりの毒だぞ」
かつて、半兵衛にそう云ったように。官兵衛は至極静かな表情で、秀吉に告げた。
「お前さんらにとって、佐吉…三成が特別なのは分かってるよ。でもな、あいつはもうひとりのもののふなんだ。いい加減――」
官兵衛の言葉を遮ったのは、秀吉の自嘲だった。
フフ、と。紅い目が伏せられて、彼は少し皺の寄った目を細めた。
「まったくだ。官兵衛、お前の云うとうりだ」
官兵衛が其の答えに言葉を止めて秀吉をまじまじを見詰めると、その視線に頷きながら、秀吉は答えた。
「先程三成を見舞って、分かったことがある。あれは元服させて随分経つのに未だ…我が見出した頃と変わりない、小供だったのだ」
「…え?」
「自分の身体の面倒も見切れぬとは、一介のもののふとはとても云えぬ、幼子も同然よ。あれだけ無茶をするな、倒れるなと云い聞かせても、どうにもあれは根を詰め過ぎる」
そして秀吉はまた、深く溜息を吐きながら。
「…我は、佐吉を、三成を…あれに任し過ぎていたようだ。まさか、半兵衛が斯様に佐吉を甘やかしていたとは思わなんだ。半兵衛が居らぬようになった途端、真っ直ぐに歩けぬ程に…ろくに食事も摂らず…吉継も、“半兵衛様が生きて居られれば、ああなる前に食べさせられるし、寝かしつけられたものを”と嘆息しておったわ」
「――はあ」
今更気付いたのかよ、と。
官兵衛が心底呆れたように溜息を吐きながら、かむりを振った。
「半兵衛は他の子飼い衆が歯軋りするくらい、佐吉を贔屓していたんだぜ?そりゃ、佐吉が千人斬りに近江検地での目覚しい成果をあげていることは事実だが、あいつらしくない…私情を最大限に注いで、佐吉を可愛がってた」
はあ、と肩を揺らしながら、官兵衛は続ける。
「小生、あいつの気持ちは分かったよ。同じ真白い毛色に滅多にない瞳の色。珍しがられて遠巻きにされていた気持ちが、半兵衛には痛い程分かったんだろうな。あいつは…佐吉をまるで、自分の弟か小供みたいに想ったんだろう。それはいいんだが、佐吉はそれを自分でも無意識に傘にしてるんだ。自分は半兵衛の寵児、半兵衛と同じく太閤秀吉の横に居ることを許された者だ、ってな。その態度が、豊臣勢の間にさえ敵を作ってる原因なんだぞ?秀吉、云ってやれよ、少しは自重しろ、ってよ」
一気に吐き出された官兵衛の本音に、秀吉は目を丸くして心底参った、と云うように笑った。
「まったくだ。官兵衛、お前の云うとうりよ。佐吉…三成は高慢に成っておる。だが、その原因を作ったのは我と半兵衛なのだ。余りに幼い頃から子飼いにしてしまった故、半兵衛があればかりに情を注ぐのを、我も見て見ぬ振りをしてしまった」
「…秀吉…」
官兵衛が、何故かいつも己の黒い星のような瞳を隠す前髪から――息を呑んで己が主君であり、戦友である男の顔を見上げた。
「分かっておる。だが、つい、な。許せ、官兵衛」
そして秀吉は滅多に見せることのない穏やかな表情で官兵衛に向って――笑んで見せた。
「苦労をさせる。だが、三成は其れ相応に豊臣に身を捧げて呉れておるのだ」
「だーかーらー!」

それが“甘やかしてる”ってんだよ。

官兵衛の呆れたように荒げられた声に、三成の寝所から驚いて顔を出したのは――かつて、竹中の家で侍女頭を成し、半兵衛から三成の世話を任されていた年老いた、品格高い嫗の信乃で。
「いかがなされました、官兵衛様」
「…とっ」
信乃の問いに気まずそうに、官兵衛が慌てて口を片手で覆った。
其の様に、また秀吉が笑う。はっはっはっ、と。彼の人が逝ってから、滅多に見せなくなった明るい顔に、信乃が今度は秀吉のほうを見上げて。
「秀吉様は官兵衛様と居られる時は、ほんに楽しそう」
ほほほ、と袖で口を覆いながら品よく笑う信乃の言葉に、官兵衛は思わず「え」と目を瞠って。
「半兵衛様と出逢った頃のようにさえ見えます。そうですね、官兵衛様と出逢われたのもあの頃でしょうか。“二兵衛”を得られて、天下を臨んだあれから、幾年月でしょう。あれからも、官兵衛様と秀吉様は変わらぬ絆で結ばれておられる」
だから、秀吉様もこの様に笑まれられる。
齢を重ねた深い瞳に、其れと同じくらい深い郷愁を重ねて。信乃は、官兵衛を見上げながら静かに立ち上がって三成の寝所の襖を閉じた。そして――ふ、と縁側の外、広がる西丸殿の庭に咲く――桜を、見やった。
「あの頃も、今日のように綺麗に桜が咲いては舞い散っておりました」
信乃が心から懐かしむように、秀吉の横に進みながら一本、凛と立つ桜樹を見詰めて。
「半兵衛様と秀吉様、御二人が桜の樹の下肩を並べる御姿を、信乃は今でもはっきりと思い出せまする。ほどなくして、佐吉殿…三成様が大坂に迎えられた時には、葉桜がそれは綺麗で」
彼女の言葉に応えるように、うっすらと曇りだした空の下、桜は何枚かひらりひらりと薄紅色の衣を散らして舞って、秀吉のほうへと。
「そうか。今が一番の見ごろか」
そう云って秀吉は、己の頬に掛かった桜ひとひら、大きな指先で掬い取ると紅い目を細めてふ、と笑んだ。
「あの桜は、半兵衛のお気に入りだったな」
「え?」
問われて、ふいに官兵衛も思い出した。
あれが気に入ったから、と。わざわざ三成の寝所からすぐ見える場所へと植え替えさせた桜。まだ自分より背の低い三成の肩を抱きながら「綺麗だね」と心から微笑んでいた美しい笑み。
「――信乃、杯を持ってきてくれぬか」
秀吉の命に、信乃がぱっと明るい笑みで「あら」と答える。
「官兵衛、折角だ。暫し花見といこうではないか」
久方に聞く秀吉の穏やかな声音に――官兵衛はもう何も云わずにかむりを振って「はいよ、太閤殿下」と苦く笑った。



信乃が用意した爽やかな酒をちびり、ちびりをお互いに酌しながら、二人は暫く無言で、ただ今は亡き人の忘れ形見を愛でていた。
やがて秀吉がぽつりぽつり、“覇王”として辿って来た遠い日々を呟いた。
「佐吉は連れてきた頃から賢しい子であった」
遠く想い出を辿る紅い瞳の元に寄る皺の増えていくことに。官兵衛は、時々「秀吉の周りだけ、時間が早く流れていってしまっているのではないか」と、馬鹿馬鹿しいと想いながらも、想わずにはおれない。
常に右に居た彼の人を喪ってから。
この、“覇王”のふたつなを持つ、天下人は。
そんな郷愁を漂わせた官兵衛を横に、淡々と秀吉は続ける。
「…賢しい子であった。そこに半兵衛が手を添えた故、我はあまり口を出さずとも、佐吉は立派なもののふと――豊臣の子として成ろうと信じていたのだが」
フッ、と。
自嘲するような笑みに、官兵衛が肩を竦める。
「まあ、な。確かに立派なもののふには成ったじゃないか。あの齢で千人斬りも成してみせ、近江地方もうまく治めてる。三成の親族もよくお前さんに尽くしているし…」
「だが官兵衛、お前の云ったとうりよ。我と半兵衛が甘やかした故に、どうにもあれは一人ではまだまだ…」
「確かに、一人ではあいつはまだ軍を巧く率いてるとは云えんよ。でもそこは刑部に…ああ」
官兵衛がぐい、と杯を傾けた後、黒い星のような瞳を少し細めて独り言のように続けた。
「最近は、権現…家康とも巧く共同戦線張る様になったな。明智を追討するよう半兵衛が二人を組ませた時は、“本当に大丈夫か”と案じたが…家康のほうが、なんでかしらん、三成をえらく気に入ってるみたいだな。小生にはなにがどうして、家康の気がさっぱり知れんが」
「ほう、それは何故」
秀吉の問いに、官兵衛が声音を少し落として答える。
「あのな、三成の我儘に家康はそりゃあ辛抱強く付き合ってやってるんだ。こないだの江戸の叛乱平定の時も、独り先走った三成を、敵方の爆撃から身を呈して庇ってやったらしいぞ、家康は」
官兵衛の言葉に、ほう、と秀吉が頷いた後――納得したように続けた。
「家康が、御家秘蔵の薬を持ってきてな。三成にやって欲しい、と」
「ええ?」
「早く良くなって欲しい、と。三成を欠いては士気が下がる、とまで評していた。同じ齢故か。最初は力で豊臣に引き入れた故、半兵衛も徳川の動向には重々気をつけろと云っておったが、あのように三成を案ずるならば――」
「ばっか、秀吉、家康を侮るなよ」
秀吉の空いた杯にとくとくと酒を注ぎながら、官兵衛が呆れたように続ける。
「お前さんの左腕である三成に取り入って…あの三成が、珍しく家康には横に立つことを許しているのも小生は気になるねぇ。情に絆してあわよくば三成を己の方へ引き入れ、お前さんの弱体を狙っている、とは考えんのかね」
官兵衛の零された不満に――紅い瞳を丸く見開いた後、秀吉は杯を傾けながらははは、と愉快そうに笑ったので。官兵衛は「おい、秀吉」と不機嫌そうに。
「三成が我の傍から離叛するなど、天地がひっくり返ってもありえぬわ」
「…なんでそう云い切れるんだよ」
秀吉の一遍の迷いもない言の葉に、官兵衛は我ながら天邪鬼な、と想いながらも問いかけた。
「あれは真っ直ぐで透き通った心を持っておる。故に、我を裏切らぬ。何故ならあれを見出したのは、我なのだから」
秀吉の絶対の自信さえ滲む横顔に、官兵衛はもう何も云えなくて、ただ彼の言葉の続きを待つしかなく。
「…初めてあれを見出した時から、なにひとつ変わらぬ。おおそうだ、この庭先に似ておった、石田の家も。あれはぽつん、と独り、つまらなさそうにしておった小童だったのに。今はあんなに背も高く肩も広く成った。我も其の分、齢を重ねたのだな」
はっと。
秀吉の横顔に滲む――言の葉にし得ぬ面影に、官兵衛は息を止めた。
違う。そうじゃない。そうではなかった筈だ。秀吉――お前は、覇王と呼ばれるお前は――
「…時は流れた。我の思っている以上に速く。もう、半兵衛もこの横には居らぬ…我は、我の…半兵衛をこうして失ってからも、それでも我は――」
「…ッ何云ってるんだ!!」
官兵衛の荒げられた声音に秀吉が驚いて言葉を止めて、静かに顔を横に向け、隣で片膝を上げて挑んできた官兵衛を見下ろす。
「過ぎた年月なんか関係ない、秀吉、お前さんは半兵衛と誓った夢の途中なんだ。未だ、未だ途中なんだ――振り返るな」
進み続けろ。
官兵衛は自分でも信じられない、と想いながらも、吐き出さずにはおれなくて。
「日の本の次は、世界だろう?そうだろう…!?半兵衛の、半兵衛の想いは色褪せてなんかいない、お前さんはそんな、そんな――」

立ち止まってはいけない。
もし止まってしまったら。
喰らわれてしまうだろう、お前の手に入れたモノを狙う数多のつわものどもに。
何故なら本当は、秀吉、お前は――

「…官兵衛、其れは本心か」
秀吉の静かな問いかけに、はっと官兵衛の瞳が見開かれて。
「…なんだって?」
「…お前もまた、半兵衛の夢を追って呉れるか。我の為に采配を振るって呉れるか」
「…って、何を…」
「我が気付いておらぬとでも?」
酷く、それは酷く切なく痛みを伴う――だが毅然とした表情で。秀吉は問うた。己をここまで歩ませた、“二兵衛”の生き残りに。
「お前ほどの器の持ち主が、天下を狙わぬワケはない。半兵衛も我も分かっていた。だが、敢えてお前を豊臣に引き入れた。最初こそお前の頭の切れように、半兵衛と共に侮れぬ、心を許しては成らぬと危懼しておったが。歯に衣着せぬお前の振る舞いに、半兵衛が心底面白がってお前を傍に置くようになってから、我はお前と半兵衛が、まるで似ていない双子のように想えたものよ。我が親友の片割れよ。今でも、そしてこれかも我の為にそうして心砕いて呉れるのか」
淡々と――だが、曝け出された彼の心からの問いに、ふいに――官兵衛が、かつて同じように問われた気がして。ふいに、音も無く振り出した小雨が霧のように頬に掛かったと同時に、あの日の頃を思い出した。
未だ、三成が佐吉であり、半兵衛が凛として秀吉の横に在り、己は秀吉を同じ深緋の羽織を纏っていたあの頃――





「――お帰り、官兵衛君!」
一際明るい声音で弾かれるように、半兵衛は家臣らに肩を支えられて片足を引き摺る、満身創痍の官兵衛に駆け寄った。
そして人目も憚らず嬉しそうにひしと、彼を抱き締めて。
ふわりと白銀の巻き毛が己の頬に花のような馨りを撒き散らしながら掛かるので、官兵衛は水しか口に出来ていないことも忘れて「おいっ半兵衛!い、痛い痛い!!」と赤くなった顔を悟られぬように濁声で叫びながらよろよろと“二兵衛”の片割れを押しのけた。
「おっそいぞ!小生が有岡城の土牢でどんなけ非道い扱いを受けていたか!あ、てて…」
「それだけいつもどうりの憎まれ口たたけるなら、大丈夫だね。ね、秀吉?」
明るく笑いながら振り返った半兵衛の視線の先には、困ったように微笑む、深緋の陣羽織が凛々しい秀吉の姿が在った。
「官兵衛」
低く、重い声音で秀吉が彼の名を呼びながら、そっと。そっと、大きな掌を家臣に肩を支えられてやっと立てている官兵衛の肩に――置いた。
「豊臣の為に、辛苦を舐めさせてしまったな」
其の一言と、肩に置かれた掌の酷く温かみのあることに――久々に陽の当たる場所へ解放されたこと、もう命の心配を――取り敢えずはしなくてよいことに、官兵衛は思わず胸に込み上げるものを、必死で堪えながら。
「…殿…黒田官兵衛孝高、此処に帰参して候…ッッ…」
やっとの想いでそう云いながら、官兵衛は秀吉に頭を垂れて、唇を噛み締めた。
来てくれた。こいつは、来てくれた。
かつての主が秀吉に降ることを拒み、刃を向けようとした時、官兵衛は「今や織田包囲網は完成し、次の天下を獲るのは豊臣に他無し」と、周りが止めるのも聞かず有岡城へ一人出向いた官兵衛は――案の定、拘束されて逆に人質となってしまったのだ。
彼の、軍師らしくない真っ直ぐで、情に弱いところが見事に逆手に取られた結果だった。
間者からの報告を受け、すぐさま秀吉と半兵衛は官兵衛奪還と中国、四国地方進出の足掛かりの為、有岡城を隙間無く包囲に掛かった。
だが、官兵衛の身を確保するまでに、予想以上に時間が掛かってしまった。
「なんとしても無事に救い出せ」
との命を受け、豊臣軍の忍たちが有岡城の地下深くに閉じ込められた官兵衛の身を確保するまでに、時間が掛かってしまっていたのだった。
一寸の光も届かない地下牢で、「小生の運もこの程度だったか」と一度は覚悟を決めた身を――豊臣の総力を以って、救い出してくれたのだ。今、目の前に居る“覇王”と呼ばれる男と、横に立ち華のように笑う軍師は。
「官兵衛君、本当にすまなかった」
紫苑の美しい双眸を潜めながら、半兵衛が官兵衛の肩に手を置いて苦しそうに笑う。
「でも、僕の意見も聞かずに勝手に有岡城に乗り込むだなんて。君って軍師のクセに、本当に情に弱いんだから。云ったじゃないか、小寺政職に天下の先を見通す器量なんて無いって。最初から攻め入ってしまえばよかったのに」
半兵衛の言葉に、官兵衛がぎっと顔を上げながら怒鳴り返した。
「そりゃ、お前さんにとっちゃただの叛勢力のひとつだろうけどよ!一応、小生の元・主君だったんだよ!!出来たら豊臣に引き入れて…ってあででで…」
勢いよく怒鳴ったせいで、傷めた左足をよけいに痛ませてしまって、官兵衛が思わずしゃがみ込むので「か、官兵衛様!」「しっかり!!」と、肩を支えていた家臣達が彼を支えなおした。
「だ、大丈夫だ!」
無理をして胸を張りなおすと、目を丸くしている半兵衛に向って官兵衛は怒鳴り散らした。
「いいか半兵衛、助けてくれたことは恩に着るがね、それで小生を飼い慣らしたとは思わんことだな」
次に、秀吉の顔を見上げながら。官兵衛は強い声音で宣言した。
「秀吉、今はお前さんは小生にとっての“殿”だ。だがな、いつか後悔するかもしれんぞ?こうして小生を助けたことを。豊臣の“二兵衛”と称される程の小生の知性を、甘く見た己を嘆く日が、な!」
其の言葉に――あはは、と。半兵衛が、周りに控える家臣らが思わず呆けるような華やかな笑い声を、血と硝煙のかおり漂う戦場に響かせた。
「だってさ、秀吉」
相変わらずの笑みで、半兵衛が首を後ろに仰け反らせながら、楽しそうに秀吉の顔を見上げた。
親友の様に、秀吉も思わずはっはっは、と男らしい太い声音で笑って見せる。
「ああ、まこと頼もしきことだ。官兵衛、貴様はまこと、天下を狙うに相応しいもののふよ。だからこそ、我は貴様を欲したのだ」
秀吉も、また。半兵衛の肩と官兵衛――二兵衛の肩を抱きながら、覇王の名に相応しい威光有る笑みを。
「だが今は、我の下に居れ。とにかく、弱った其の身を癒さねば。お前は二兵衛の片割れなのだから。また我の傍で其の采配を振るってもらわねばな」
秀吉のなにひとつ疑いはしない、とでも云うような真っ直ぐな大らかな表情に――官兵衛の黒い星のような眼が、見開かれた。
「官兵衛、それでよい。お前はそれでよい。いつか我から天下を掠め取るくらいの意気でおれ。そして…少しでも半兵衛の労苦を減らしてやって呉れ。お前は天下に名を響かせる、豊臣の“二兵衛”の片割れなのだから」
そう云う男の、酷く凛々しい紅い瞳に。
官兵衛は思わず見惚れる己に、戸惑ってそして――気付いた。
そうか。こんな目にあってまで、己は。
この男に、惹かれているのだと。
こんな目に遭ってまでも、戻ってきてしまうくらいに。
覇王という響きだけでなく、その紅い瞳の奥に潜む、哀しみと其れを踏み拉いてまで手を伸ばす、強さ――
まるで少年のような官兵衛の表情に、深く交わされる秀吉と官兵衛の視線を前に。ふいに半兵衛が瞳を細めながら、桃色の紅を注した唇に蠱惑に弧を描かせて。
「そうだね。でもね、秀吉の右は、やっぱり僕でないと」

紫苑の大きな眼をきらきらと、見開いて。
彼は真っ直ぐに笑んでいた。まるで少年のように。
絶対の自信を以って。
彼の横の場所は、己のモノなのだと。
誰にも、何者にも踏み入ることは出来ないんだ、と。
絶対の自信で以って、笑んでいた。
心から満たされたかのような美しい、美しい眩しい笑み。

だから、此処は君には譲らない。

挑むような紫苑の瞳に一瞬だけたじろぎ、次の瞬間には水底の焔のように揺らめく対抗心が芽生えていたのだ。
そうだ。
“二兵衛”と称され、お互いに肩を並べ、「似ていない双子のようだ」と秀吉に笑われた――片割れ同士でありながら。自分達はお互いに、たったひとりの男の情を受け取る為に見えない戦いを繰り広げ、それさえ愉しんでいた。
だからこそ、半身で在った。
失った今だからこそ分かる。
そこまで想いを巡らせると、官兵衛はふっと面を上げて、春が来るたび「いい桜だね」と云われた彼のお気に入りだった樹に目を向け、小雨にさらさらと散る薄紅色のはなびら達に、今はもう居ない片割れの姿を重ねる。
儚い、儚かったな。と。


「…そう、だな」
秀吉の呟きに、一瞬走馬灯なのか、とさえ想った過去の残影から呼び戻されて。
官兵衛は秀吉の顔をはっと見上げた。
「この夢が現に成る其の時まで、半兵衛もまた、我の横に在り続けるのだな」
そう云う覇王の横顔に、もう疲れたような郷愁を辿る表情は無く。力強い、天下を掌握し、今は世界を狙う紅い瞳が静かに光っていた。
「官兵衛、矢張りお前は“二兵衛”の片割れなのだな。我が迷う時、まるで半兵衛のように在るべき道筋へと導き、戻してくれる。我は…止まるワケにはいかぬのだ。その為に、捨てたのだから。振り払ったのだ、この掌で――」
そう云って大きすぎる己の手を開き見詰める秀吉の姿に、言葉に。
官兵衛は、改めて悟った。
今の言葉に、ひと欠けらでも私欲さえ滲ませぬ――秀吉、お前は誰の、何の為に歩み続けるか。失い、失い続けそれでも。
ふいにそこに、紫色の羽根を背負う若者の姿が過ぎった。
己の信じた者の為、命を、命をまるで紙かなにかのように平気で投げ捨てられる狂心を抱く者を。しかしそれは、裏返せば己を犠牲にしてまでも、大儀――理想の為に命を投げ打つことが出来る愚かなまでに純粋な魂ということ。
「ほんと、似たもの同士だな」
官兵衛の呟きに、秀吉が不思議そうに彼の俯いた横顔を紅い目で見詰めながら。
「佐吉…三成と、お前さんだよ。我が身のことなんか、本当はどうでもいいんだろ?」
続けられた言の葉に、秀吉は息を止めて今も未だ横に在る――“二兵衛”の片割れを見詰めた。
「お前さんは昔からそうだったよ、秀吉」
官兵衛が、ふ、と皮肉を潜ませる苦笑いで応えた。
「半兵衛からは“絶対本人の前で云うな”って釘、刺されてたけどな。もういいだろ」
ふいに顔を上げて、それでも本心は晒さぬとでも云うように伸ばされた前髪に瞳を隠しながら、官兵衛は秀吉に応えた。
「お前さん、優しいからな。この国を強い国にする為ってのも、自分の野心とか立身出世とか、ましてや栄華を欲してるワケじゃないだろ――もう、目の前で大切な誰かが泣かないで済むようにって…そのタメ…そのタメに血塗れになるのだったら…」

構わない――

「汚れてしまっても…」

その拳は、汚れて汚れて汚れてしまったけれど。

「お前さんは、自分のタメになんか汚しちゃいないんだよ。秀吉」

「ははははは!!」
「って…?」
「まるで、半兵衛のような云い様よ」
其の言葉に。
官兵衛の黒い星のような瞳が、前髪の下でこれでもか、と見開かれて――見上げた。あの頃――出逢ったばかり、僅かな同志と大切な右腕一本、抱えただけで。それでもすべてを平伏させるに値する威圧を纏った紅い瞳は其処にはなく。
齢を重ねた、ほんの少しのやわらぎが、想い出を懐かしむように揺れていた。
「“二兵衛”、とはよく云ったものよ」
そして、秀吉は笑った。それは、心からの偽りのない笑みであった。
「我は好き戦友を持った」
其の言の葉に。官兵衛はただ、ただ打ちのめされるようだった。
信じている、いないの類を超えて。
彼は、自分を求めていているのだと。
分かった瞬間、もう何も云えなかった。
そして悟った。
だからこそ、彼は己の主で在るのだと。
己の隠す野心すら、すべてを受け入れ認め、「それでよい」と云う――あの頃のまま、なにひとつ変わりはしない。
「…はっ…」
笑みとも嗚咽ともつかぬ溜息をひとつ吐くと。
官兵衛は己が杯に残った、しぼりたての爽やかな酒を飲み干した。
心地よい軽い酔いに、身を任せ。
いよいよしとしと降り出した、小雨の中咲き誇る桜を愛でていた。
ふたりで、愛でていた。
今は。かつては三人で、または幼かった三成や吉継と見上げた桜の若木を見上げながら。
空になった杯を持ちながら、秀吉と官兵衛はこれ以上言の葉は要らぬ、と――ただ、ただ黙して同じ桜を見詰めていた。すると――
官兵衛は小雨の帳の向こう、西丸殿の美しい庭に佇む己の――“二兵衛”の片割れの背を、幻を見た気がした。
本紫の美しい外套を靡かせて。
あの頃のまま。

嗚呼。

官兵衛は観念したように、唸りながら目を閉じた。
お前さんには敵わないな。逝っちまってからも。

秀吉を、三成を。豊臣を、お前さんは。

そして、此の己も、また。



   ――僕は、君が好きだもの。

   ――小生も、お前さんを想っていたよ。



「――片割れ」
微かに、今はもう居ない、瞬躙に戦国を翔け抜けた戦友であり好敵手であった男へ。官兵衛は雨音に掻き消される程の声音で告げてみる。
そして彼を想うように、いやそれ以上に。生き残ったならば、想い続けてみようかと。
がっちりとした線の横顔に、苦く、だが満たされた笑みを浮かべながら官兵衛は想う。
たとえ彼のように右に立てなくとも。いいだろう?と。
「なんと云ったか?官兵衛」
秀吉の問いに、長い前髪を揺らしながら「いいや。何も」と、官兵衛は笑って見せた。


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ゆみのや

Author:ゆみのや
戦国BASARA3の石田三成にぞっこん一目惚れいたし
こっそり応援し隊所存にございます。

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