BASARAの石田を幸せにし隊。

戦国BASARA3の石田三成をひたすらに応援するこっそり避難ブログ

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「この手を離さない」 後篇

お待たせいたしました、ありがとう一周年記念リクエストSS、これにて了。
今回R-15な内容なので、本当に16歳になってない人は
閲覧ご遠慮お願いいたしまする・・・

リクエストくださった皆さん、本当にありがとうございました、
そして、これからもよろしくお願い致します・・・!

お楽しみ頂ければ幸いです。


それにしても、私が描くとふたりともよく泣く。







手取川の美しい銀杏が舞い振る中を、青く澄み渡った空の下。
四国から本当に飛んでくるように来てしまったが、忠勝は何も問わずに居てくれたことに感謝しながら、家康は前田の家へとゆっくりと歩を進めながら、思案をめぐらせていた。
前田慶次が本当に三成を此処に預けたのならば、自分が彼を今まで見出せなかったことも、合点がいくな、と。
前田家は先の関ヶ原合戦でも、中立を貫いた。
織田家に縁ある彼の御家は、織田滅亡の後は“武力”による悲しみを生まぬことを望み、西軍からの再三の出軍要請も跳ね除けて、東軍からの誘いにもついに首を縦には振らず。
そんな前田家なればこそ、どの大名も口を出せることはなかったのだ。
「…利家は、強いな」
本当に大切なものだけ、きちんと選べたのだから。
思わず独りごちる己に、苦く笑いながら。さくさくと、手取川の美しい川辺をゆっくりと歩く。こんな美しい景色の中でならば、三成、花を愛でるお前は、きっと心身共々癒されるであろうな、と。想いながら。
「…三成」
だが、この歩を鈍らせている不安を拭うことは、美しい眼前の景色でも無理なことだった。
逢って、どうするだろう。お前は、どうするだろうか。どう想う?今更、もう一度その細い手を手繰り寄せても、お前は果たして。受け入れてくれるだろうか。それとも、儂の顔を見てすべての悪夢のような現実にもう一度、狂ったように叫ぶのだろうか。そうだとしたら――
「儂は…」
もしかして、とんでもなく残酷な――
其の時、ふいに。


そらにうく しろいとり
うつくしいと めをほそめても


唄が、聴こえた。
手取川の斜を登る山瀬のほう、風に乗って其れは確かに。
背中の毛が一気に逆立ち、自分でも驚くほどに速く、たんっと足は地を駆け、風が運ぶ唄の主の方へと。

こよい くぬぎのきの すみかに
あしを ふみいれる・・・

「なんて、浅ましい奴かと、ひかりの前に」

まるでこの世の者ではないかのように、彼は唄いながら山菜を摘んでいた。
黒い甲冑はもうなく、藤色の淡いやさしい色合いの、着流しだけ羽織って。
脇に抱えた籠の中には、薬草も幾つか混じっているようだったが、長い睫を伏せながら鼻唄を口ずさみながら、彼は青々とした野草を摘み摘み、時々空を仰ぎながら。
「平伏して、どれだけ、謝れば・・・」
ほっそりとした線の身体はそのままで、だがあの頃より幾分肉付きのよくなったような横顔で。彼は、頭上をいたずらに飛んでいった野鳥のさえずりに気を取られ、ふいに唄うのを止め――

こちらを、見た。

そして、ぱさり。
彼の抱えていた籠が落ちて、彼は――ふらりと、前のめりに倒れこみ――
「――三成ッッ!!」
思わず、身体は動いた。
考えるより先に、足は地を蹴っていた。
そして、信じられないことに――彼は、家康の手を払うことをせず、されるままに、その腕に身を任せた。
力を失った細いしなかやな肢体が、ぐったりと死人の様な冷たさで己が腕の中に在ることに信じられない、と理性は想いながらも、腕は、口は「三成、みつ、なり」と震えた。
生きている。生きている。
うなじから芳り立つ匂いに、眩暈がする。
震える手で、其の頬に触れた。
ゆっくりと、黒鳶色の長い睫が震えて、淡い苔色の双眸が見開かれる。そして、彼もまた――呼んだ。信じられない、というように。細い白い指が、家康の首に触れて。
「…いえ、やす」
二度、三度。
家康の逞しいうなじを撫でた後、三成は――苦しそうに身を捩り、「離せ」とよろよろと家康の抱擁から身を剥がし、後退り。
「な、ぜ、なぜ、ここに」
震える声音――だが、其れはあの頃と変わりなく、艶のある美しい声。
家康が、至極静かに、彼の人をこれ以上傷つけぬようにしたいと願うようにその場から動かずに答えた。
「元親から聞いた」
「…長曾我部から?何故?前田慶次は誰にも、誰にも此処に私と刑部が匿われていると教えていないと云ったのに…!」
「刑部!?刑部も、生きているのか!?」
驚いて身を乗り出した家康に、三成がまた二歩、三歩後退りながら。
「忘れろ。此処にはもう、お前の求める石田三成も、西軍の参謀大谷吉継も居らぬ…!!」
と、必死に小さく叫んだ。そして、彼は続けた。
「私はもう死んだのだ」
あの頃よりは――少し肉付きのよくなった頬を。顰められた眉の下の、苦しそうに歪む眼を。その、みどりを。
嗚呼、矢張り。
苦痛に歪ませてしまっている罪の意識に苛まれながらも、想わずにはいられない。
なんと美しい。
其の表情。其の、心。
何時だって、嘘ひとつつけずに哀しみに染め上げられる苔の色を。

――今も未だ、愛しい。

「みつなり」
呟けば、もう留められず。家康は静かに身を立て、今にも倒れそうな三成の手をそっと、そっと捕った。
そのぬくもりに。三成もまた、思わず握り返す自分に驚いて目を見開きながら。しかし、直ぐに我に帰ると、身を捩らせながら顔から完全に血の気を失せさせて、続けた。
「解れ、家康。いいや…東の照らす殿よ。石田三成と云う男は死んだのだ。あの、天下分け目の決戦で、主君の仇も討れずに無様に散った」
力なく首を横に振りながら、三成はなんとか家康の腕を引き離そうと彼の指に爪を立てた。
「…前田の御家は、私だけでなく刑部も匿って呉れている。まつ殿は、私達を見た時に泣いて呉れた」
「まつ…殿が?」
家康が、驚いて眼を見開く。
「半兵衛殿かと想ったと、私を見て泣いて、刑部を見て“助けてくださった御恩を今お返しする”と、怖れもせず刑部の肌に触れたのだ」
其処まで絞りだすようになんとか続けると、三成は俯いて。

「放せ」

既に涙声になりながら。三成はぎりぎりと。爪を立て、家康の指からはじわり、鮮やかな赤。
「もうよいだろう?家康。私を一度はその腕に抱き、好きなように暴いて。縋ったあの時、貴様は私ではなく、天下泰平を選んで叛旗を翻したのだから。そして、私を殺そうとして――」

殺して。

「もう、満足であろう?これ以上、これ以上」

私から奪うな

「前田慶次は、私を“忘れ形見”だと云った、秀吉様の、大切な親友の忘れ形見だと。そして…私に、“教えて欲しい”と云った。刑部と共に前田の家に居る代わり、己と袂を分かつた後の…半兵衛様と歩む決意をされ、そして覇の道を突き進み、散るまでの秀吉様を、語って欲しいと。そして、共に想い出を胸に、秀吉様と半兵衛様の分まで生きようと」
其の言葉に、家康はああ、そうだったのか、と納得した。
主君・秀吉を奪った己を目の前にしても、あの頃のように狂気に瞳を染め上げずにただ、ただこの手を振り解こうと涙を浮かべるだけなのは。
そうか、三成、お前の中でようやく豊臣という時代は――
「傲慢だ」
三成が吐き出すように呟いた言葉に、はっと家康が我に帰る。
「傲慢だ。貴様は。西軍は敗れた。私は死んだ。貴様の望むように成っただろう?なのに、やっと死ねた私をこうして探り出し、またこの首を獲るか」
「―-違う!!」
思わず声を荒げる己に、はっとなる。だが、そうでもしないと。
夢のようにもう一度、今、この眼に、腕に、君を感じているというのに。
「儂は、お前の首を獲りたいワケじゃない…!東軍総大将としてなんかじゃない、儂は、ただ、お前に…ッ」
家康の言葉に、三成が微かに目を瞠った後――
「では、では私を、私を求めるのか?秀吉様を喪う前のように、貴様に身を委ね、微笑めと云うか?いと惜しいと云えと、希うのか?なんという」
「ああ、傲慢だ」
三成の拒絶の言葉の羅列を、き、と。強い眼差しで遮り。家康は、肚を括った。もう今ここで迷ったら、きっと。もう、二度と――分かったから。あの日、君をこの手で葬ろうとした時に襲われた、あれはきっと――
「だが、だが…あの日、あの時、この手で、手で」
ぎり、と。
空いたほうの拳を、無意識に握り締めながら。
「お前を殺して、自分も死ぬのだと感じたんだ」
強く告げられた想いに、三成が息を止めて眼を見開き、家康の顔を覗き込んだ。
「ワケが分からない、理由なんてない。ただ、お前が目の前で死ぬ、そう感じた時、儂は人としての自分が死ぬのだと感じた」
そう、そしてそれこそが。
己を殺してでも、自分の背にある者たちに分け与えてやりたかった、ひかり。だが、人の手に届かぬ東照と成り得た時――己は、本当に人とかけ離れたモノに成らねばならぬのだと。
あの時。
背筋を走った絶対零度の冷たい真実を。思い出し、家康はますます三成の腕を強く握り締め、その顔をしかと見詰めた。
いと惜しい君の、刹那に見た、あれは間違いではない。
今、目の前の三成は、あの時と同じ表情(かお)していたから。
大きな吊り目を見開いて、水底に光る苔のような色彩を揺らして。
何故?と。
まるで幼子がゆびきりを裏切られる瞬間のような、無防備で無垢で、何処までも透明な哀しみに彩られた美しい唇を。
震わせて。
これを手折って、己は己を暖めることも出来ぬまま、生きていくのだと。
解った瞬間、心を砕くように走った恐怖を。
家康は今、まざまざと想いだして。呻いて涙をひとつ、零した。その雫に、三成がはっと息を呑んでたてていた爪の力を緩める。
瞬間。
細い体躯は逞しい腕に抱きすくめられていた。
抗うことも出来ずに、息を止めたまま彼の人の泣き声を聞く。押し殺そうとしても、何度も肩を揺らす彼を。信じられずに、恐る恐る少し身を捩って久方に――其の顔を、間近で見た。逞しく、男らしい太い線の。どうして己にはこれが無いのだろう、と何度も焦がれ静かに木の陰で、星の下で、月の下で、褥で撫でてみた頬を。
痩せた。
そのことに気付いた瞬間、三成は思わず涙が伝う彼の頬を撫でた。あの頃と同じように。
息を止め、家康は山吹の眼を見開き、今はもう狂った色を宿していない彼の蒼白い顔を見詰め返して。家康の視線に三成は戸惑いながらも小供のように小首を傾げ、もう一度撫でた。涙を拭ってやるように。
「なぜ、泣く」
三成が震える声音で、家康に問うた。
「貴様が選んだのだろう?貴様で、選んだのだろう?私を、私と天下を秤にかけて、貴様は――」
「そう、そうだ」
最早堪え切れずに、家康は己の頬を撫でた彼の手を握り締めた。
冷たく細く、骨ばった、それでも誰よりも美しく花を撫でる彼の手を。
「お前を諦めようと想った。想ったさ、だって傲慢じゃないか、お前の大切な人を葬ってまで進もうとした天道の上に、お前まで連れて行くことなんて、そんな、そんな」
人でなしだ、と続けながら。
それでも抱き締めた。
だって、目の前に居るのだから。生きているのだから。あたたかく脈打つうなじから芳りたつ君の匂いを。確かめずには居られなくて。
「でも…それでも、今、今お前が目の前にこうして居てくれたら、もう離さずにはおれないじゃないか」
まるで、一度失くした大切な宝をようやくもう一度見出した幼子のように。
彼がとうとう声を上げて泣きながら抱き締めてくるので、本当にこの手にあの頃のように刃があったら、と三成は想った。想ったが。
今、もうこの手に刃はなくて。
すべてを放して、赦されなくともすべてを諦めることを選んだというのに。
この手に君がもう一度触れてくるのだから。
「……」
ただ、このぬくもりがいと惜しい。
「罪深い……」
三成の苔色の大きな瞳から、涙が震えて零れた。透明な。
震える声音で呟きながら、目の前の男の頬を、何度も撫でた。
「私はもう、死んだのに。もう、此処に貴様の恋希う“みつなり”は居らぬと云いたいのに」
――いまさら、きっと届かないけれど。
「御赦しください」
微かに吐息のように呟いて、彼は彼の頬に、冷たい唇を落とした。
はっと山吹の瞳が見開かれて、目の前で耳まで紅く染め上げてうな垂れる人の伏せられた睫を見る。
「…罪深い」
彼は、もう一度吐息のように呟いた。
「あれ程に憎み、希った者の首が目の前にあるのに。私は、私は」
静かに上げられた蒼白い頬に、涙が伝う。
「やはり、この手を離せない」
ぎう、と。まるで小供のように彼の太いうなじに額を押し付けながら、三成も、泣いた。肩を震わせ、その熱に焦がれた頃のままに。抱き締めた。
「貴様は、いつも簡単に私の心を突き崩す」
淡く微笑む東の照よ。
その呟きに、今一度家康は強く嗚咽し、柔らかな彼の銀糸を掻き抱いた。
「照らしてなど、いない」
強く瞳を閉じながら、細い体躯を抱き締めながら。
「儂は…この世で一番大切な、大切な月の光を握り潰してまで、どうして、どうして」
彼の人の言葉に、三成が酷くゆっくりと――驚きに見開かれた眼で、冷たい手で彼の顔を差し上げながら、不思議そうに、問うた。
「お前は何を、云っている」
ぱちぱちと、長い黒鳶色の睫を瞬かせながら、彼は続けた。
「お前は照らした。無明の混迷を漂う、戦国の世を。絆という力で、これ以上誰も踏み躙られぬよう、天を、天道を仰いで生きていけるようにと。私は気付けなかった。気付こうともしなかった。だから、死んで当然だったのだ。本当に大切なのは」
そこまで一気に云うと、彼はふっ、と強く息を吐いて唇を噛み締めた。
「大切な人々を、足元に咲く野の花こそを。愛すべきで、護る為に…たとえば、刑部を、あれが静かに、せめて短いあと少しの今生の時間を心静かに過ごせるように、小さきモノをこそ包む力を…それに早く気付けていれば、秀吉様を、半兵衛様を喪ってからの秀吉様をお護り…ッッ…で、き、」
三成はとうとう幾筋もの透明な涙を流し、声を上げて泣いた。
「お前が、豊臣の下で共に戦っていた頃、私をどれだけ、どれだけ…なのに、私には解らなかった。気付けなかった…ッ!なのに、お前は最後まで、最後まで私を…」
わからいでと、想うてか。
どん、と胸を拳で叩かれながら。三成の吐露に、驚きで息を呑んだままの家康もまた、眼を見開いて。
「あんな一手で、私にトドメを刺せると想っていたのか?」
睨みつける苔色の双眸に、染め上げられるかのような激しい、けれど切ない色が揺れて。
「馬鹿め」
云いながら、三成が今一度、家康のうなじに静かに顔を埋める。
「私の太陽」
その艶やかな囁きに、頭の芯が焼き切れる。
「今も、私の心を照らしているクセに」
静かに涙を零しながら、彼は云った。“死んだ”今だからこそ、伝えられる想いを。
「貴様の光をこそ、私は希んでいる。今も。死んだ今も」

他には何も要らなかった

続けられた言の葉に、震える。
たおやかで細すぎる、薄い背中に手をまわして。
「死んで解った。罪深い。私はお前の光を希求している」
彼は、ふ、と笑っているのだろうか。
柔らかな吐息が自分のうなじにかかったので、そうか、と。
家康も、噛み締めるように想い知った。
嗚呼、と呻きながら、でも信じられないことに笑いながら。抱き締める。握り締める。何時の間に、胸と胸の間で繋いだてのひら。この手を離さない。
「…そうか、でも」
家康が、静かに彼に応えた。
「お前は、生きているじゃないか。三成」
三成が微かに息を呑んで、顔を上げて視線を彼に合わせた。どこまでも無垢で透明な瞳。
「儂らは、ありがたいことに、生きているじゃないか」
握り締めながら。君の手を握り締められるのだから。こうして。
「今も、あの頃も。これからも、絶対。儂は…」
強く瞳を閉じながら、今ここに一度は諦めて、離そうとした手を握り締めながら、彼は告げた。
「なんと、いと惜しい」
君を。
其の言の葉に、三成の口元に知らず知らず、微かな笑みさえ浮かぶ。そして、待った。今こそ、すべて終わったのに、まだ続いてくれた命を持つ今こそ。心から希求した人の言の葉を。
「この手を離さない」
離すものか、と云われて頬を掬われくちづけを浴びせられれば、もう何も声に出す必要はなかった。ないのだから。
星の輝きさえ消してしまう太陽なら、きっと寂しいのだから。薄く白い月影はひっそりと寄り添うが為に在るのだと。
分かったから。
絡められた舌と舌の合間から微かに喜びの笑みがこぼれれば、山のやわらかな草の褥にふたりで倒れこんで、掻き抱いて、続けてみた。
ぼんやりと、もうじき夕餉の手伝いを始めねばならぬのにな、と想いながら。想い人の黒い髪を掻き揚げて撫でながら、薄く目を開けて、落ちた籠の中の山菜やら薬草やら、花やらを捉えながら。ぼんやりと、夢の中のように、三成は想った。
どうなるだろう。
どうすればいい。
もし、夢ならば。いつものように、独り目が醒めた後、咽び泣くだけだろうけれど。
胸を弄る熱が、目が醒めた後もきっと消えないことが信じられないから、ふふ、と笑ってしまう。相手はそんなことも構っていられないようで、必死でうなじに唇を這わせてくるから、想わず「急くな」と囁いた。すると「無理云うなよ」と、あの頃のように心地よい、うっとりするような低い落ち着いた声音が返ってくる。だから想わずもう一度ふふ、と笑って、あとはもう落ちていくだけだった。
やわらかな草の匂い。
懐かしい、今はもう帰れない己の庭で、密やかなままごとのように睦んでみたあの頃のよう。
山は静かに熱い吐息など、包み隠してそ知らぬようにしてくれているので、三成は目を閉じて、いと惜しい、と囁いてみた。
生きている、離さない、と繰り返しながら己を掻き抱く人の耳に。





神妙に畏まる、逞しい線の東照権現を前に、前田利家は困惑しながら隣の愛妻をこっそり見やった。
彼女はといえば、いつものように凛とした眼差しでしゃんと背筋を伸ばして座しながら、まっすぐに家康を見据えていて。
どうしたものか、と言葉を詰まらす利家に代わり、答えたのはまつだった。
「なりません」
彼女の言葉に、家康の丸い瞳が辛そうに歪められて、それでも「何故?」と問うてきた。
「石田三成、などというお方はこの前田の家には居りませぬゆえ。居らぬお方を譲り受けたい、などと云われましても」
どうしようもありませぬ。
そう続けられて、家康はぐ、とまつの迫力に気圧されながらも食い下がるように身を乗り出した。
「まつ殿、後生だ。儂にはあれが必要だ」
今にも泣き出しそうな彼の切羽詰った表情に、まつは一瞬眉を潜めて息を止めたが。静かに瞳を伏せると、やはり首を横に振って繰り返した。
「なりませぬ。そうでしょう?犬千代様」
「え? あ、ああ…」
同意を求められた利家はといえば、この事態に目を白黒させるばかりで。
何せ、まさか天下を懸けて命を獲りあっていたふたりが――まさか、そうだったとは、と。
「…なあ竹千代、お前の想いを無下にしたいワケではない、だがな、西軍が敗れ去った今、あの方を東軍総大将であったお前が囲うなどと――」
「囲う!?儂は、そのように三成を扱いたいわけではない!!」
家康の山吹の瞳の真摯な色に、利家が思わず
「す、すまん!そうか、そうだな、竹千代は人と人との絆を誰よりも大切にしている。某の云い方が悪かった」
と硬い髪をばりばりと掻いて、困ったように隣のまつの方に向き直った。
「なあ、まつ…」
「なりませぬ」
だが、きっぱりと。まつは、夫に向って云い切った。
「家康殿がどれだけ大切に奥に隠してみても、いつかは洩れてしまうでしょう。そうなったら、今や天下人と成った東照権現が、かつての仇敵を囲った、玩んでいるとあっという間に火がついて、おふたりの立場が、いいえ下手をすれば――」
「それは分かっている、分かっているのだまつ殿」
家康が辛そうに、瞳を歪ませながら。
「だが、だがそれでも儂は――」
「だから、石田三成というお方のことは諦めなさいませ」
其の言葉に、思わず家康が身を乗り出して「そんな」とまつに詰め寄ろうとして、だが――次に続けられたまつの言葉に、山吹の瞳が驚きに見開かれた。
「しかしながら、佐吉殿は、此処に居りまする」
此処では、あのお方は佐吉殿なのですよ。と。続けられるまつの言葉に、家康が「…は…」と、微かに明るい光を見開かれた瞳に宿して。
「けれどあのお方には、大切な友の傍に寄り添いたい、という願いがございまする。ですから…“竹千代”殿から、佐吉殿を訪ねて来られればよろしいのではありまぬか?其の時は、まつめもたんと馳走を用意して、歓迎いたしますよ」
にっこりと。
あたたかな、前田を支える良妻の明るい笑みが、家康に向って見せられて。
「まつ…殿…」
思わず声を詰まらせる天下人の様に、前田のおしどり夫婦こそ面食らって顔を見合わせて。それからふふ、とふたりは優しく微笑み。
「竹千代、今日は泊まっていけよ。“佐吉殿”と積もる話もあるだろう。それに、よかったら…刑部殿にも逢ってやって呉れ。あの御仁も、今は静かに養生しておるのだ」
利家の言葉に、家康は「…ありがとう…」と、やっとそれだけ云うと。涙を滲ませながら、微笑んだ。あの日――一度は命を預けた将を討ち獲ったあの日から、心から零せなかった笑みを。喜びを。滲ませながら。



「――ま、こうなるのは時間の問題だって分かってたけどねぇ」
明るく、いつものように桜花の如き笑みと声音で慶次がそう云うので、家康は苦く笑うしかなく、慶次の隣に並ぶ三成は、少し頬を染めながら俯くばかりで。
其の様子に、慶次の懐から顔を出して、夢吉もききっ、と笑う。
前田家の屋敷から少し離れた銀杏並木の下、三人と一匹は別れの為に立ち止まっていた。
「いやあ、恋っていいもんだねえ!な、佐吉!」
そう云ってバン、と威勢良く、慶次が隣の三成の背を叩く。
すると叩かれた方は不満げに自分より大柄な慶次を無言で見上げたが、「はあ」と大仰に溜息を吐くと「貴様の何処に孫市は惚れ込んでいるのか、私は未だ解せない」と冷たく言い放った。
「ちょ…っ止めてくれよ!?こないだも俺らケンカして俺自身喪失――」
「あー、えーっと、慶次!」
ううん、と困ったように家康が咳払いをしてから、笑う。
「ああっ!?ご、ごめんごめん家康…お前忙しいもんな。ま、そういうワケだから、佐吉のことは俺と利とまつねえちゃんに任せといてくれよ」
微笑みながらそう告げられて、家康も頷く。
「孫市も云ってたしね!“お前もいつまでもぐじぐじ変えられない過去に囚われていては、作り笑いしか出来ないぞ”って。もういいんだ。全部、想い出さ。俺は、秀吉と半兵衛の分までこの泰平の世を…見据えていくよ。家康、それでいいかな?」
問われて、家康も「…ああ。秀吉公も、それを望んでおられると想う」と力強く頷いた。
「…ありがとう」
慶次のふいの、泣き出しそうな顔に。
きつく胸を締め付けられながら、家康も瞳を閉じて、一瞬だが秀吉と半兵衛の面影を辿った。確かに、一度は懐に己を抱えて呉れた覇王と、その右腕の強い絆を。そう、決して憎くかったわけではなかった。ただ、選んだ道が違った。そして、お互いに其れに命を懸けた結果が、今だったのだと。
慶次の言葉に、己がこそ赦された様な――清々しい気持ちになりながら、家康が顔を上げて静かに三成のほうへ歩み寄り、其の手を捕る。
上げられた雪のように白い面に、微かに心細さが過ぎったような気がしたので、慶次が横に居ることに少し憚れながらも、家康はほんの一瞬だけ彼の肩を抱き寄せた。
そして離しながら、「また」と、小さく囁いて。三成は微かに頬を紅くしながら頷いて呉れたので、冷たく白い手を包み込みながら、家康はもう迷うことなく「逢いに来る」と、このうえなく優しく、だが熱込めて白い耳に囁いた。

これからどうなるかなんて、分からない。
でも、今この手が繋がっていることだけが、真実で。
やがて静かに離されても、もう離れることはないと分かっているから、三成も家康に微笑んで見せた。
家康もまた、微笑んだ。
淡く微笑む東の照が。
砕かずに、今も恋い慕うことを選んだ月に向かって。
「この手は離さない」
もう、二度と。
そう続けながら。苦しいのにこんなにも満たされて、やっと心から輝けると、笑みながら。
今は昼にも白く浮んで呉れるであろう、己の月に向かって。


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プロフィール

ゆみのや

Author:ゆみのや
戦国BASARA3の石田三成にぞっこん一目惚れいたし
こっそり応援し隊所存にございます。

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